シンガポールにおける「コ・リビング」
―賃貸住宅市場における新たな選択肢―

海外市場調査部 研究員補   飯塚 希

 2023年11月、シンガポールに出張で訪れた。物価の高騰と経済成長の減速に直面している最中の訪問だったが、空港や繁華街は多くの人が行き交い、オフィスに出社する人も増え、商業施設の飲食店や小売店も活気づいていた。パンデミックで落ち込んだ雰囲気は霧消し、地場の企業にヒアリングしても、景況感に関する悲観的な見方は少なかった。

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 現在の賃貸住宅市場における賃料の高騰は、いち早くパンデミックによる景気低迷から抜け出したことを象徴している。図表を見ると、住宅の賃料は、2021年以降急速に上昇していることがわかる(2023年第1四半期は前年同期比+32.4%)。この主な要因には、インフレに伴う建設費の高騰、パンデミックで建設工事が遅延したことによる賃貸住宅の供給不足のほか、人的往来の再開による賃貸需要の急増があげられる。足元では賃料の高騰は沈静化に向かっているが、これは住宅供給の強化や大型賃貸物件における入居可能な血縁者以外の人数の引き上げなどをシンガポール政府が行っていることが影響している。しかし、契約更新時に大幅な賃料の値上げを提示され、駐在員の住宅確保に苦戦する外国企業が多く見られた。

 こうした中、「コ・リビング(Co-living)」が注目を集めている。「コ・リビング」は、日本のシェアハウスと同様、キッチンやリビングルームを共同で利用する形態の賃貸住宅である。共同で利用するスペースが多いため、一般的な賃貸住宅と比べて賃料水準は低く、契約期間もフレキシブルである。「コ・リビング」事業者のColiwooによると、「コ・リビング」の需要は2022年以降堅調に推移しており、2023年12月時点の稼働率は95%と高水準である。急激な賃料上昇下において、「コ・リビング」は賃料負担を軽減しようとする人や一時的な仮住まいが必要となった人からの需要の受け皿となっている。

 しかし、「コ・リビング」の需要が増加している要因は賃料の高騰だけではない。リモートワークの普及などにより実家が手狭になり、若年層を中心にプライベートな空間を求める人が増えていることも影響している。さらに、パンデミックで減少した人的交流機会を求める人や「デジタルノマド」(IT技術を活用して勤務場所を固定しない労働者)的な生活をする人が増えた結果、入居者同士の交流イベントを定期的に開催するなどコミュニティ醸成の場としても利用できる「コ・リビング」が積極的に捉えられるようになったこともある。

 今後、賃料が下落に転じたとしても、こうしたライフスタイルの多様化が後進するとは考えにくく、「コ・リビング」は賃貸住宅の新しい形態として定着していくとみられる。足元では、厳格な都市計画などから供給制約が多く、ホテルや住宅などをコンバージョンする形で運用されているものが多いが、将来的には、都市計画の柔軟化や政府保有不動産の有効活用化などを通じて、供給が拡大していくと予想する。

海外市場調査部 研究員補 
飯塚 希

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