マリーナベイお台場とシモキタハイライン
 ~海外の成功事例に倣う~

海外市場調査部 主任研究員 北見 卓也

 シンガポールを訪れる機会があれば、ぜひとも一度は見ておきたい場所がある。それはマリーナベイ・シティセンターである。シンガポールの新興開発エリアであるマリーナベイの都市開発の状況が模型や動画などのビジュアル資料で分かりやすく解説されており、初めて訪れた人でもシンガポールが目指しているマリーナベイの将来像を明確につかむことができる。可視化された開発プロセスは誰の目から見ても分かりやすく、政府と民間の立場を超えた社会的なコンセンサスを醸成するばかりでなく、海外からの資本を呼び込むためのショーケースとしての役割も果たしている。都市としてのビジョンが明確であり、そこに将来性を感じ取れれば、世界から企業も人も資本も集まるのは当然のことである。

 だからこそ、シンガポールの都市は変化が早い。少し見ない間に新しい施設や地下鉄の新駅が次々と建てられていく。しかも、都市としての機能と付加価値を高めるため、環境、インフラ、産業、人口分布などへの影響を多面的に分析しながら、数十年かけて段階的に開発が進められてきた。特にマリーナベイは、都市機能を長期的に維持発展させるための仕組みがよく練られ、先進的なデザインの建物が多いにも関わらず、まとまりのある街並みを形成している。中でも、奇抜な外観が目を引くマリーナベイ・サンズにはホテル、会議室の他、カジノが開設され、海外からのビジネス客や観光客を呼び込むのに大きく貢献している。現在建設中のマリーナワンと呼ばれるシンガポール最大の大型複合施設が完成すれば、新たなランドマークが誕生し、アジアにおけるマリーナベイへの求心力は更に高まるだろう。

 さて、同じアジアの中でも東京はどうであろうか。2020年の東京オリンピック開催という目標に向けて、官民の様々なプロジェクトが動き始めており、一気に開発機運が高まっているのは間違いない。特にオリンピックのメイン会場となるお台場と臨海部における開発は、オリンピック競技場・選手村、築地市場移転、ゆりかもめ延伸、山手線新駅、リニア新幹線等々、現時点ではマリーナベイの比ではない。しかし、こうした一連の開発は事業主体毎に思い思いの開発が行われているに過ぎず、都市全体に共通するグランドデザインやビジョン、目指している方向性のようなものが見えてこない。

 一方、国土の狭いシンガポールでは、土地が希少な資源として考えられており、経済基盤を支えるための重要な不動産開発はこれまで政府が主導してきた。そして、現在でも主要な不動産プレーヤーの殆どが政府系となっているからこそ、一貫した明確なビジョンをもとに都市開発が可能だった側面もあり、これがマリーナベイの成功につながっていると考えられる。こうした不動産開発機能をもたない日本の行政がマリーナベイに倣うのは容易でないことは確かである。しかし、それでもトップダウン型で都市としての成長戦略を具体的に模型や動画で可視化し、国内外に向けて発信することはできる。そして、海外資金からの資本を呼び込める可能性も高まる。仮に「マリーナベイお台場」を成功させるのであれば、そのようなトップダウン型のアプローチが必要であろう。

 それならばと、行政主導で海外の成功事例を手本にした都市開発もある。若者文化の発信地としても知られる下北沢駅周辺(通称「シモキタ」)では、小田急線の一部地下化が完了し、線路跡地にはニューヨークの「ハイライン」を手本とした立体緑地が建設される。「ハイライン」とは、マンハッタンで使われなくなった高架線を用途転換した空中公園のことで、現在では年間400万人を超える人が訪れる新名所となっている。地域住民だけでなく、ボランティア、寄付、世界各国のデザイナーからの支援をもとに新たな緑地、動線と視点を確保した成功事例として、世界的に注目さている。そして、シモキタもこの成功事例に倣って、行政主導でハイラインに模したデッキを新たに設置する計画となっているのである。この計画自体は都市の防災や緑地確保に配慮したものである。しかし、最大の問題は、地域住民のコンセンサスが十分に得られていない状態で行政が民間事業者と建設工事を進めている点にある。

 すなわち、お台場のように埋立地であればトップダウン型のアプローチが適切と考えられるが、シモキタのような地域密着型の開発では、地域住民から自然発生的に湧き出る思いを形にしていく、つまり、ボトムアップ型のアプローチが不可欠である。実はニューヨークのハイラインも、行政が決定した高架線撤去に対する地域住民の反対運動から始まった。そして、運営面では税金だけに頼らず、ボランティアや寄付が大きな部分を占めている。したがって、こうした成功事例に倣うのであれば、計画段階から地域住民を巻き込み、地道に対話を重ねるアプローチが極めて重要といえる。地域住民をおざなりにした都市開発は、開発主体への不満を募らせるばかりでなく、地域が本来持っているはずのポテンシャルを長期的に発揮できなくなるという意味で損失が大きい。シモキタ周辺には、クリエイティブな住民が多く、対話の中で地域のコンセンサスが醸成された開発となれば、「シモキタハイライン」がもっと国内外からの注目を浴びるプロジェクトになった可能性は高い。

 都市開発にはさまざまなアプローチが考えられるが、トップダウンにしろ、ボトムアップにしろ、関係当事者間の対話が欠かせない。マリーナベイも数十年単位の国家プロジェクトであり、ニューヨークのハイラインも実現までに約10年もの歳月を費やしている。日本の場合は海外に比べると、こうした対話のプロセスが明らかに不足しているものが多いと感じる。今後の先進国における都市開発で重要なのは拙速とも言えるスピード感よりも、目に見える形でしっかりと社会的なコンセンサスを醸成していくことではないだろうか。都市開発とは本来そうあるべきだ。

(左)シンガポールのマリーナベイ (右)ニューヨークのハイライン

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