環境規制強化がロンドンのオフィス市場に与える影響

海外市場調査部 主任研究員   深井 宏昭

 近年のロンドンのオフィス市場における大きな特徴としてあげられるのが、築年の浅いプライムオフィスに対する強い需要である。COVID-19の影響が続く現在においてもプリレットと呼ばれる竣工前の成約割合は高い水準で推移しており、借主がプライムオフィスを激しく奪い合う状態が続いている。

 このプライム人気の背景には、英国のオフィスを含む商業用不動産に適用されている「環境規制」がある。2015年3月、英国の一部(EnglandおよびWales)で商業用不動産に対する新しい環境規制が可決され、2018年より適用されている。新しい環境規制下では、オフィスや商業施設等の建築物を建設、売却、賃貸する際、所有者はEPC(Energy Performance Certificates)と呼ばれる建築物のエネルギー効率性を示す認証を取得しなければならない。認証は政府によって認定を受けた団体によって実施され、建築物はエネルギー効率性について最高のAから最低のGまで7段階で評価される。それまでは、当認証を取得しA~Gの格付を借主や購入者に示すことだけが要求されていたが、2018年以降は、Fランク以下の建築物を新たに賃貸することが禁止された。そして、2023年以降は、既存の借主を含めFランク以下の建築物は全面的に賃貸することが禁止される見込みである。Colliers Internationalによれば、現在、ロンドンにおけるオフィスストックのうち、10%程度のオフィスビルがFランク以下のEPC格付となっており、2023年までに改修などによってエネルギー効率性を改善させて格付を上げることができない場合、それらのビルはオフィス市場から退場を余儀なくされることになる。さらに、2019年に示された政府方針では、2030年以降、規制が大幅に厳格化され、Bランク以上のEPC格付を取得したオフィスビル以外は賃貸できなくなる。現在のオフィスストックのうち、B以上のEPC格付を取得しているオフィスビルは全体のわずか20%程度といわれている。

 オフィス需要はこの規制の影響を大きく受けたと考えられる。通常、ロンドンのオフィス賃貸借期間は10~15年と長いため、契約満了期限が近づいている借主は、2030年以降の規制強化を意識せざるをえない。さらに、足元では、COVID-19の影響で、従業員の健康に配慮した最新スペックのオフィスへの需要が高まっている。その結果、ロンドンのオフィスストック全体のわずか20%程度しかないBランク以上の物件、特に新築のプライムオフィスに対して需要が集中することになった。

 環境規制により、高EPC格付のオフィスへの需要は強まった一方、供給は追いついていない。COVID-19の影響により、建設・改修工事の中断や遅延が生じ、新規供給のスピードが鈍化している。加えて、足元では建設資材および労務コストが大幅に上昇しており、貸主にとって改修が重い負担となり、多大な投資コストに二の足を踏む動きが出てくるだろう。COVID-19により、働き方やオフィスのあり方が変化しつつあることも、将来的なオフィス供給の足かせとなりそうだ。そうした変化により、将来的に需要を見通しづらいオフィスビルから底堅い需要が見込める集合住宅などのアセットタイプにコンバージョンする動きが出る可能性もある。高EPC格付のオフィスが需給逼迫となる状況は、今後も継続すると見込まれる。

 同様の商業用不動産に対する環境規制は、既にオランダなどでも導入されており、欧州主要国を中心に今後広がっていくものとみられる。ESGの普及に後押しされて環境規制は強化される方向にあり、今後、環境規制を巡る需給バランスの変化が、オフィス市場を見るうえで重要になってくるだろう。

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