マンハッタンからトーキョー勤務
 ~DWYLで自律的ワークスタイルの実践~

海外市場調査部 主任研究員 北見 卓也

 かねてより、不動産市場の動向を調査分析し、時にはその将来像にも言及する人間が、未だに1つの場所に縛られて働くことに違和感があった。しかも、海外の不動産市場を調べるのが仕事であれば、海外で生活をしていた方が現地の状況も把握しやすく、何かと好都合ではないかとも考えていた。

 そんな折、遠隔地からの勤務、いわゆるリモートワークの導入が社内で検討され始め、それなら海外からのリモートワークを認めてもらえないかと進言したところ、寛大にも認めてもらえた。周囲に「マンハッタンからトーキョーに勤務している」と言うと、不思議そうな顔をされるが、マンハッタンで生活しながら、あたかも東京のオフィスで働いているかのような状態なので、これがもっとも的確な表現と思われる。今は珍しいが、近い将来は一般的なことになるかもしれない。

 しかし、海外リモートワークを実現するまでの道のりは平坦とは言えなかった。いざ話を進めようとすると、これが従来型のマネジメントではあまり想定されていない働きかたであることに気付かされる。とりあえず手探りで進んでみて、時には社内外に無理なお願いをしなければならない場面も多々あった。企業という枠組みの中においては、会社をマネジメントする側からの積極的な理解や周囲からの協力がなければ、海外リモートワークは決して実現できない。

 ところで、ここマンハッタンでは、過去数年に及びオフィステナントの動きが極めて少ない状況が続いている。ハドソン・ヤードや旧ワールド・トレード・センター跡地等の再開発エリアを除けば、ほぼ無風状態に近い。しかし、唯一の例外はコワーキングスペースやそこで働く人々をつなぐためのプラットフォームを提供するWeWorkである。聞くところによると、マンハッタン内でWeWorkが消費しているオフィス床面積は、最大テナントのJPモルガンに次ぐ規模という。つまり、WeWorkは今やマンハッタンで2番目に大きいテナントということになる。

 米国でもテクノロジーの進化でワークスタイルは日々変化しており、オフィス立地が拡散していく傾向にある。また、米国の場合、1つの企業に勤めていてもパラレルワーク(兼業)やプロボノ(公益のための奉仕活動)をする人の割合が日本よりも圧倒的に高いというデータもある。こうした背景があったからこそ、米国でWeWorkがこれだけ拡大しているのかもしれない。

 しかし、本当にそれだけだろうかとも思っていた。変化の激しい時代、これからの仕事のあり方、新しい働きかたとは一体どんなものであろうか。自分の海外リモートワークとも重ね合わせながら、マンハッタンの街中を彷徨っているとWeWorkの文字が目に飛び込んできた。よく見ると、そこには旗が掲げられており、"Do What You Love"(好きなことをしよう)と記されていた。このDWYLを見た瞬間、妙に納得させられてしまった。

 つまり、人を動かすための原動力として「好き」という気持ちに勝る武器はない。自分が好きなことに没頭し、追求していくことに生きる目的や喜びを感じ、そこから職人的で独自性の強いものが生まれやすくなる。そして、それが本当に良いもの、ユニークなものであれば、「他にはないもの」として支持される可能性が高い。

 言い換えれば、自分を偽らない気持ちで本当にやりたいこと、やるべきことを考え抜き、生き残れるだけの差別化を果たし、他人からも評価される固有のバリュー(付加価値)を発揮していく戦略とも言える。自由でも、自律的な働きかたをしようとする人々にとっては、単なるオフィスよりも似たような価値観や志を持った誰かと繋がりやすく、すぐにアイディアを試せた方が良い。WeWorkは交流スペースやアメニティの充実だけに留まらず、ユーザー間の交流を促す仕組みがあり、まさにこうしたニーズに合致しているのかもしれない。

 海外リモートワークもこのDWYL的な働きかたに近い。実際に数カ月やってみて気付かされたのは、これが単に慣れやスキル以前に、自分が本当に大事にしたいと思う価値観や自分の内面から湧き出る思いを維持して、仕事に向き合う必要があるということだった。海外で生活環境が一変し、そこで自律的に働くとなると、どうしてもDWYLを軸にする必要があった。そこで、私自身のDWYLは何かを改めて考え直してみた。

 まず言えることは、(自称)ワークスタイリストとして、これからも新しい働きかたを自ら実践し、その可能性を探っていきたいと思っていることだ。最初は自分の旧態依然とした働きかたを少しでも変えたいとの思いから始めたことだが、それが幸運にも海外リモートワークという実験的な試みに結びついている。気がつけば家族をも巻き込んでしまったが、長い目で見れば家族全員で過ごせる時間を増やしながら、新しいワークスタイルを軌道に乗せ、ライフスタイルも充実させられると信じている。

 もう1つの原動力となっているのは、私がこれまで不動産一筋で、自他ともに認める不動産フリークだということだ。仕事柄、街中を足が棒になるまで一日中歩き回ることも多いが、興味が尽きることがない。幸せそうにしている人々を見つけては、街中でどんなことに幸せを感じているのかが気になってしまう。頼まれもしないのに、何がこの街の魅力を形成しているのかを思索してしまう。こうした特異な性質を原動力に、米国で日々起きている変化の中から、今後の不動産事業や投資のヒントになりそうな情報を日本に伝えていきたいと思う。

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