海外市場調査部 研究員
飯塚 希
コ・リビングは高齢者もターゲットに
―英国で整う市場拡大の諸条件―
先進国を中心に単身世帯の増加や少子高齢化が進む中、高齢者の社会的孤立が問題となっている。問題解決のセーフティネットとして、ヘルスケア施設(シニア向け住宅や医療機関、介護施設など)が果たす役割は大きいことは周知の通りであるが、最近、シェア型賃貸住宅である「コ・リビング(Co-Living)」にも注目が集まっている。本稿では、高齢者向けコ・リビングのあり方について、市場拡大の条件が整ってきた英国を事例に考えてみたい。
コ・リビングといえば、従来は若年単身層向けの賃貸住宅として展開されるケースがほとんどであった。その最大の特徴は、居住スペースとワーキングスペースの共用を通じた「コミュニティ形成を支援する仕組み」にある。居心地の良い共用スペースの設置やイベント開催などを通じ、ライフスタイルの多様化が進む若年層のニーズに応えてきた。そして今、これを高齢者にも応用しようとする動きが広がり始めている。人口動態や社会構造が変化する中で、高齢者が求めるライフスタイルもまた多様化している、ということだ。
高齢者向けコ・リビングの強みは、ヘルスケア施設がこれまで十分に対応できていなかった自立した高齢者の需要を取り込めることにあろう。先進国を中心に平均寿命が延びる中、介護や介助を必要としない高齢者も増加している。一方で、そうした高齢者を受け入れるヘルスケア施設は少なく、あったとしても高所得者向けがほとんどだ。こうした状況が、比較的手頃な価格でコミュニティという付加価値を提供するコ・リビングにとって、大きな事業機会を生み出している。
高齢者向けコ・リビングには、社会的意義だけにとどまらない事業上の利点もある。例えば、従来のコ・リビングは短期契約が基本となるため、景気変動や季節要因でキャッシュフローが不安定になりやすかったが、高齢者は転居頻度が低く同一住居に長く留まる傾向にあるため、需要が減退しにくく安定した稼働に寄与する可能性がある。また、ESGやインパクト投資の観点から、高齢者のライフラインを重視する投資家が増えており、投資対象として選好される可能性もあるだろう。介護施設大手Clarianeが展開するブランド「Ages & Vie」は、高齢者向けコ・リビングの好例だ。フランスで240棟以上が運営中だが、平均稼働率は95%超を維持している。欧州投資銀行(EIB)も同ブランドに融資を行っており、社会課題解決に資するモデルとして評価している。
今後、高齢者向けコ・リビング市場が拡大するには、①市場基盤の確立、②社会的要請、③投資環境の条件が揃う必要がある。この3条件が整ってきたのが英国である。まず、①であるが、英国は若年層向けコ・リビング市場が拡大の一途にある。例えば、ロンドン南西部の「Dandi Battersea」は竣工前に全室がプレリースされ、マンチェスターでは「Union」の1号棟が2024年3月の開業から半年程で満室となるなど、旺盛な需要が確認されている。不動産デベロッパーの開発意欲も高まっており、2024年の英国の新規開発申請戸数は約9,000戸で前年比87%増となった。こうした足元の若年層向けコ・リビングの需給拡大が、高齢者向けコ・リビング市場の素地醸成にも寄与すると見ている。次に②であるが、世界銀行によれば、英国では2040年までに65歳以上人口が全体の23.4%となる見込みで、高齢者向け住宅の整備が急務となっている。従来型の介護施設に対する抵抗感や、行政による地域包括ケア重視の方針を踏まえれば、高齢者向け住宅の新たな選択肢として、コ・リビングが受け入れられる可能性は高そうだ。③では、英国はESG投資が世界的に見ても進んでいる国である。金融市場におけるESG関連規制が進んでおり、ESG投資やインパクト投資の観点を重視する投資家が多い。安定収益と社会的インパクトを両立できる高齢者向けコ・リビングは、今後投資家からの関心が一層高まると考えられよう。
(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2025.7.15 No.702」寄稿)