都市脱出(Urban Exodus)の衝撃に揺れる米国

海外市場調査部 主任研究員   北見 卓也

2020年4月にピークを迎えていた「都市脱出」

 旧約聖書の「出エジプト記」では、古代エジプトで奴隷として迫害を受けていたイスラエルの民をモーセが数々の奇跡をおこして救い出す。これを英語でエクソダス(Exodus)と呼び、大勢の人々が苦難を逃れるために脱出する状況を意味するようになった。
 ニューヨークをはじめ、全米各地の都市部で新型コロナウィルス(COVID-19)が蔓延したことから、2020年3月以降は自宅待機令、在宅勤務要請、文化・娯楽施設の閉鎖、レストラン店内での飲食制限等が課され、都心に近いほど、不自由な生活を強いられてきた。こうした苦難から逃れるために米国都市部の住人が大量に流出したことから、これが「都市脱出」(Urban Exodus)と呼ばれている。
 実際、どのタイミングで、どれほどの都市脱出が起きていたのか。この点に関して、Earnest Research社が興味深い分析結果を出した※1。主要13都市※2で約3,000万人分の歩行者データ※3を解析したところ、米国で国家非常事態宣言が発出された3月に目立った動きはなかったものの、4月に入ると、コーホート(観察対象となった集団)のうち14%(前年同月の同6%からプラス8%ポイント※4)の都市脱出が観測され、ピークを迎えていたことが分かった。その後、全米各地で自宅待機令が出された5月になると動きが止まり、経済が段階的に再開された6月から9月にかけて、徐々に正常化していったという。
 人口脱出がもっとも著しかった都市は、COVID-19の感染被害が世界で最も拡大していたニューヨークであり、これにボストン、ワシントンDC、シカゴ、サンフランシスコ等が続く。また、概して、人口流出が大きい都市ほど、出戻り率(都市脱出をしたが、同じ都市へ戻ってきた人の割合)は低く、9月以降も異なる場所で生活している人の割合が高かった。

都心の不動産市場に深刻な打撃

 大量の人口流出を伴う都市脱出は、都心部の不動産市場に深刻な打撃を与えている。賃貸住宅専門の不動産情報サイトを運営するZumperによれば、マンハッタン、サンフランシスコ中心部の住宅賃料(中央値)は2020年9月末時点で前年比20~30%下落しており、10月に入ってからも下げ止まっていない。特に下落が目立ったのは、住宅賃料が高騰していたエリアのStudio(ワンルーム)と1Bed(1DK、1LDK)等、主に単身者やカップル向けの間取りである。これらは比較的容易に引越しを決められる世帯が入居していることに加え、長期化する自宅待機や在宅勤務をするには手狭だったことから、需要が急速に冷え込んだとみられる。
 一方、オフィスの需要減退も鮮明だ。2020年Q3時点のオフィス空室率※5はマンハッタンで13.3%(前期比+1.5%ポイントで2009年来の水準)、サンフランシスコでは17.7%(前期比+4.2%ポイントで過去最悪)の水準にまで上昇。マンハッタンやサンフランシスコでは、オフィスワークが原則認められない状況が長らく続いたことの影響は大きかったとみられる。在宅勤務を含め、リモートワークを前提とする企業が増えるにつれ、オフィス利用を見直す企業が増え、使わなくなったオフィス床をサブリース※6しようとする動きが強まった。
 因みにAmazonやFacebookはリモートワークを許容しつつも、将来的な従業員の増加、COVID-19収束後のオフィスワークの復活を見据えて、主要都市でオフィス床を拡張しているが、これらは例外的な動きと言えよう。なぜなら、テック産業との結びつきが強い都市(サンフランシスコ、オースティン、デンバー、シカゴ、ボストン等)ほど、サブリース面積が積みあがっており※7、テック産業とリモートワークの親和性が高いことが関係しているとみられるためだ。

都心の求心力は戻るか?

 米国におけるCOVID-19の新規感染者数は2020年10月に入ってからも過去の最多記録を更新しており、オフィスワークがリモートワークへと転換されていく状況は当面継続するとみられる。しかし、ワクチン開発が順調に進み、数年以内にCOVID-19が収束した後はどうなるであろうか。
 米国人が都市脱出を果たした後、快適な生活を送れる安住の地において、何ら支障なくリモートワークを継続できたとしたら、ライフスタイルは大きく変わって、元のワークスタイルに戻すのが困難なことに気が付くはずだ。そこで、もし恒久的にリモートワークを認める同業他社があれば、人材はそちらの企業へと流出してしまうかもしれない。そのような意味で、FacebookやTwitterのようにリモートワークを恒久的に認める方針を打ち出す企業が増えており、もう後戻りはできない状況と考えられる。
 つまり、COVID-19収束後も、再びオフィスワークを基本とするか、そのままリモートワークを継続するか、その答えはワーカー自身に委ねられており、更にはパンデミックへの対応だけでなく、ライフステージ、ライフイベントに合わせ、ワークスタイルを積極的に変化、適応させていかなくてはならない。また、雇用主もオフィスワークの安全性を確保しつつも、豊富な人材プールを維持していくために、これまで以上に多様なワークスタイルの許容を迫られている側面があると言える。
 勿論、オフィスワーク、リモートワークにはそれぞれ一長一短あり、どちらか一択というよりも、ワーカー自身が雇用主と共に試行錯誤を繰り返しながら、オフィスとリモート環境を相互補完的に用いて、ハイブリッドなワークスタイルを模索していく必要がある。そして、その過程で都心部の求心力もダイナミックに変化し、高騰しすぎた住宅賃料は適正な水準にまで調整され、多すぎるオフィスの執務スペースは利用形態が変わり、あるいはコンバージョン(用途転換)され、新たな均衡点を見出すことになるだろう。

※1 Earnest Research: COVID's Urban Exodus
※2 ニューヨーク、ボストン、シカゴ、サンフランシスコ、ワシントンDC、ロサンゼルス、デトロイト、ダラス、アトランタ、マイアミ、ヒューストン、シアトル、フェニックスの13都市
※3 商業施設等(約65万箇所)で利用されたモバイル端末の位置情報
※4 平常時でも一定数の人口流出があるため、前年同月とのシェア変化により測定
※5 Savills Research資料に基づく。空室率にはサブリース面積を含む(Overall Availability)
※6 米国オフィス市場ではテナントによる転貸が通常認められており、需要変化の兆しが顕れやすい
※7 CBRE: COVID-19 Causes Sharp Drop in Q2 Office Demand as Expected

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