TCFDガイダンスを普及させて不動産業界の強靭化を目指せ

私募投資顧問部 主任研究員   菊地 暁

 国土交通省が設置した「不動産分野におけるESG‐TCFD実務者WG」は、我が国における不動産分野の実情に応じたTCFD提言への対応を支援するために、有識者による計4回の議論を行い、「不動産分野における『気候関連財務情報開示タスクフォースの提言』対応のためのガイダンス(不動産分野TCFD対応ガイダンス)」(以下「ガイダンス」という)を策定し、3月30日に発表した。このガイダンスは、TCFDコンソーシアム、環境省が先行して公表しているガイダンスを踏まえたうえで、不動産分野に特化して作成されている。ガイダンスでは、今後の気候変動について複数のシナリオを設定し、シナリオごとに事業に対するリスクの影響を評価、その結果を経営戦略・リスク管理に反映し、その財務上の影響を把握・開示、といった流れに沿ってわかりやすく解説している。また、ガイダンスの最大の特長は、企業規模にかかわらず、TCFD対応をこれから始めようとする企業から、すでに対応済である企業まで幅広い対象に役立つように構成し、TCFDへの理解度、取組の状況に応じて、読み進める章を分けて記載しているところにある。なぜ、気候変動対策が必要なのか、そのための組織体制、収集すべきデータ、開示のポイントはなにか、などを先進的な海外事例を交えて解説し、各企業が必要な箇所を読み進めればよいように工夫されている。

 このガイダンスの次の課題は周知・普及にある。そのための必要な策はなにか。まずは、産官学連携の環境関連のシンポジウム、各業界団体が主催するセミナーなどへの委員関係者の登壇・参加による情報発信を戦略的・積極的に行うべきだろう。現在、ガイダンスは国土交通省 環境不動産ポータルサイトからダウンロードが可能となっているが、TCFDコンソーシアムの協力を得てガイダンスを当該HPにも掲載し、今年10月開催予定の「TCFDサミット2021」に参加してガイダンスを紹介すればさらに認知度は高まるだろう。また、環境不動産ポータルサイトではフリーダウンロードが可能であるが、この方法では一方的な発信に終わり、ユーザー属性を窺い知ることは出来ない。監修元が民間企業ではないので設定の限界は認識しつつも、もしダウンロードの条件としてユーザー登録を要求すれば、その後環境関連のシンポジウムの案内等に役立つし、ダウンロード数から普及率を測ることもできるだろう。わかりやすかった点や、記載が不十分な点などのフィードバックがもらえれば、第2版以降の改訂に大いに役立つと考える。優れたTCFDレポートを開示した事業者はベストプラクティスとして公表し、これを第2版以降のガイダンスに掲載して共有する仕組みも有用だろう。一方でTCFD対応が不十分な企業には、各業界団体と連携し、ガイダンスをテキストとした基礎的な研修会を開催するなどの地道な活動が必要だろう。こうした取組が不動産業界全体の気候変動に対する強靱性の向上に繋がると考える。

 先日公表された世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書2021年版では、今なお世界中を苦しめているCOVID-19を反映し、発生可能性の高いリスクとして第4位に「感染症」が入った。一方で、気候変動関連リスクは上位3位および5位を占め、気候変動対策の重要性を再認識することとなった。気候変動に関するリスクと機会の開示は、自社が置かれた現状の課題認識と中長期的な対策に繋がる。この開示を推進するためのガイダンスが、業界全体の気候変動に対する強靭化に資する有効なツールとなることを願ってやまない。

関連する分野・テーマをもっと読む