Amazon、Walmartの動向に注目。米国物流施設市場を取り巻く環境に変化の兆し

海外市場調査部 主任研究員   深井 宏昭

 世界的なインフレの加速および金融の引き締めによって、2022年第2四半期における米国のGDP成長率は2四半期連続でマイナスとなり、テクニカル・リセッションに突入した。景気後退懸念が強まる中、これまで好調が続いてきた米国物流施設の賃貸市場においても影響が見られるようになってきた。

 2022年5月、米Amazonは自社が保有・賃貸している物流施設のうち約2%にあたる93万㎡についてサブリースを検討している、との報道が行われ大きな反響を呼んだ。また2022年9月には、開発を計画していた42施設、約230万㎡について計画を白紙に戻したほか、同様に計画中の21施設、約250万㎡についても稼働開始時期を延期していることがBloombergによって報じられた。さらに、現在稼働中の2つの物流施設(メリーランド州ボルチモア)についても、閉鎖を決定したことが伝えられ、これまでの積極的な施設拡大スタンスを転換したようにも見える。

 Amazonが物流施設を縮小している背景には、パンデミック下における同社の施設拡大ペースが急ピッチであったという個別の事情がある。直近2年間で稼働する物流施設を約2倍に増やしたとされている。しかし、それ以外にも、全米のEコマース(EC)需要に陰りが見られることも原因の一つとして考えられる。全米におけるEC化率は2019年Q4の10.0%から、パンデミックに伴う厳しい行動規制によって2020年第2四半期には16.4%へ急上昇したが、その後は低下傾向で推移し2022年第2四半期には14.5%となっている。これは行動規制の緩和などによりリアル店舗への需要が一定程度戻ったことが要因と考えられるが、コロナによるEC特需が無くなり従来のトレンドラインに戻ったという見方も可能だ。しかし、足元では急激なインフレによって実質所得が低下し家計が圧迫された結果、ECの利用割合が高い衣料品や電化製品の消費が減り、EC割合が低い食料品などの生活必需品が中心の消費パターンへ変化している。将来的にはEC化率が更に上昇するという見通しに変化はないが、インフレの進展および実質所得の悪化が長期化し、EC化率の足踏みが続いた場合、Amazon以外のEC事業者も施設の縮小へ舵を切る可能性が生じてくる。

 物流施設縮小の動きは、Amazonのような巨大ECプラットフォーマーだけでの問題ではない。WalmartやTargetを始めとする、小売・卸売業界においても物流施設の需要に変化の兆しが見られている。これまで米国の小売・卸売業界においては、世界的なサプライチェーンの混乱により、企業の在庫戦略が"Just in Time"から"Just in Case"に変化し、不確実性の高い環境下でのビジネス継続を重視して在庫レベルの引き上げが行われてきた。US Censusのデータによると、2022年7月における在庫の前年同月比増加率(名目ベース)は小売業で+18.9%、卸売業で+24.0%となっており、物価上昇率を上回るペースで在庫が増加していることが分かる。同様の傾向は企業レベルにおいても顕著となっており、2022年第2四半期における在庫増加率(前年同期比、名目ベース)は、Walmartで+25.6%、Targetにおいては+36.1%と非常に高くなっている。このような在庫レベルの上昇トレンドによって、在庫を保管する物流施設需要が支えられてきた側面も大きい。

 しかし、2022年第2四半期におけるTargetの四半期報告書では、在庫の増加によって在庫保管コストが増大したことのほか、それに伴い店舗でのディスカウント率が大きくなったことで収益圧迫傾向にあることが言及されている。そして、同社では今後、中期的に在庫縮小に向けた取り組みを積極的に行っていく方針が示された。同様の方針はWalmartによっても示されており、在庫積み増しの弊害が顕在化し始めたことで、巨大企業を中心に"Just in Case"の在庫戦略が見直されてきている。今後、WalmartやTargetによる在庫縮小の方針が中小事業者を含む業界全体に波及することで、拡大基調が続いてきた小売・卸売業における物流施設需要も徐々に弱含んでいく可能性がある。

 足元における米国物流施設の賃貸マーケットは、依然として空室率の低下および賃料の上昇基調が続いており、こうした企業戦略の転換による影響はほぼ見られず、順調に推移している。しかし、将来的には主要マーケットの多くで物流施設の新規供給が大幅に増加することが予定されており、現在はタイトな需給バランスも今後は徐々に緩和に向かうことが見込まれる。そのような中において、AmazonやWalmartによる大企業の動きが中小企業にも波及した場合、米国物流施設市場の成長スピードは減速し、中期的に調整の段階に入るリスクも想定される。長引くウクライナ問題、世界的なインフレなど、パンデミック以来目まぐるしく世界情勢が変化しており、将来の不確実性も高まっている。そのような環境下で米国物流施設市場が今後も成長を維持していけるかどうか、目の前のマーケットの数値だけでなく、企業レベルの物流戦略の動向にも注目が必要であろう。

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