欧州で拡大する不動産分野の環境規制 
― 既存ストックの活用が重要に

海外市場調査部 主任研究員   深井 宏昭

 欧州は、これまで世界に先がけて不動産分野における環境規制の導入が進んできた地域である。特に省エネに関しては、建築物のエネルギー効率性を最高のAランクから最低のGランクまで7段階で評価するEPC(Energy Performance Certificates)と呼ばれるレーティング制度をベースにした規制が実施されている。英国では、2023年以降、EPCレーティングがFランク以下の商用不動産の賃貸が全面的に禁止されているほか、2027年には同基準がDランク以下へ厳格化されることが予定されている。また、EUにおいても同様の規制導入が検討されるなど、建築物の省エネ規制は欧州全域で強化される方向にある。

 現在欧州で普及している建築物の省エネ規制は、建築物の省エネ性能を高めることにより、暖房や照明など建築物の利用に伴うエネルギー消費量を低減することを目標としている。しかし、将来の温室効果ガスネットゼロを達成するためには、それだけでは不十分である。英国Institute of Structural Engineersの試算によると、建築物の利用に伴う消費エネルギーに由来する温室効果ガス排出量は、建設から解体までを含んだ建築物のライフサイクル全体で発生する温室効果ガスの25%弱に過ぎない。残りの約75%はそれ以外で発生し、"Embodied Carbon"と呼ばれている。その大半は、セメントや鉄筋などの建築資材製造時に排出される。
この省エネ対策ではカバーされないEmbodied Carbonの削減に向けて、フランス政府は欧州主要国に先がけて、2022年に"RE2020"と呼ばれる新しい規制を導入した。同規制では、建築物を新規に建築する際は、建築面積あたりのEmbodied Carbon排出量に関する基準値を満たさなくてはならない。Embodied Carbonに関する同様の規制は、北欧諸国やEUにおいても導入が検討されており、今後は建築物の省エネ性能だけでなく、木材を始めとする低炭素な建築資材の利用など、ライフサイクル全体における環境負荷低減が求められる方向にある。

 これまでのところ、不動産分野の環境規制は、こうしたエネルギー消費や温室効果ガス排出量に焦点が当てられてきたが、近年はさらに自然環境や生物多様性などの領域にも広がりを見せつつある。英国では、2023年11月から、不動産等の開発において"Biodiversity Net Gain"(以下、BNG)と呼ばれる新しい規制が導入される。BNGは、現地(On-site)や現地以外(Off-site)における生物多様性を開発によって、10%以上純増(Net Gain)させることを開発事業者に義務づけるものである。
また、ビジネスにおけるサステイナブルな活動を定義するEU Taxonomyにおいても生物多様性の領域におけるルールの策定が進んでいる。同ルールでは、不動産の建設において緑地帯や森林の伐採等を伴う開発の場合は、別途生物多様性を向上させる活動を実施したとしても、サステイナブルな活動として認定されないことが明記された。

 このように、欧州における不動産関連の環境規制は従来の省エネ関連規制の枠を超えて、Embodied Carbonや生物多様性・自然環境といった領域にまで拡大を見せつつある。これらの規制の導入は、規制対応コストの増加、開発期間の長期化ひいては新規供給量の減少につながることが見込まれる。特に、自然環境が豊かな郊外における開発が中心の物流施設や、慢性的な供給不足に悩む住宅市場などにおいて、一連の規制強化の影響が大きく出るだろう。これらの市場では、新規の不動産開発のハードルが高くなり、将来的に供給不足によって、需給バランスの逼迫が進む可能性がある。それと同時に、今後は既存ストックの有効活用が重要性を増すことになる。近年欧州では、データセンター、ライフサイエンス施設、学生用住宅などの新興プロパティの需要が高まっている。これらに対しては、ゼロベースでの開発ではなく、既存ストックの改修やコンバージョンなどで対応する事例が将来的に増加していくことになるだろう。

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