スマートシティ開発に必要な要素とは

研究統括部 兼 投資調査第1部 主任研究員   菊地 暁

 スマートシティは、都市政策における開発コンセプトのひとつである。都市政策における究極の目標は「持続可能な都市」を形成し、市民の生活の質(QOL)を向上させることにある。都市における主役は「市民」であり、「製品・技術」は市民の生活の質を向上させるための「ツール」でしかない。持続可能な魅力あるスマートシティを実現するためには、開発事業者が地域資源を最大限に活かしつつ住民目線に立った開発を行うとともに、自立的な運営を長期的に行うことが必要である。

国・地域の実情に合ったスマートシティが求められる

 現在、新興国の急速な経済発展に伴う温室効果ガスの排出などにより、地球温暖化問題が深刻化している。そのため、経済の持続的な成長と地球環境負荷の低減を両立させる、人と環境に優しい都市づくりが全世界的に求められている。このような課題を解決する策のひとつとして、スマートシティは位置づけられる。ただし、スマートシティの開発目的は、国の成熟度や都市の発展段階などによって異なる。

 まず新興国では、急速な都市への人口流入によって環境・エネルギー問題が深刻化している。特に中国では、毎年1500万人が農村から都市に流入し、2050年の都市化率は70~75%に達すると予測されている。このまま都市化が進展すれば、環境破壊とエネルギー多消費による資源枯渇の問題が深刻化し、持続可能な都市の新しい発展モデルを喫緊に構築することが必要となろう。同様にインドでも、経済成長の高い伸びを示す一方で、水、エネルギー、道路などのインフラ不足が深刻な問題となっている。このように新興国では、「急速な都市化への対応」や「工業化等に伴うエネルギー需要急増への対応」が主な開発目的である。

 これに対し先進国は、既に送電線網や公共交通網等の都市インフラ整備が進んでいるものの、老朽化に伴う設備更新(リノベーション)が必要な時期に差し掛かっている。このリノベーションを行う際に、次世代型の高効率な情報通信技術(ICT)インフラを導入し、より高効率なシステムを構築するプロジェクトが、先進国における「スマートシティプロジェクト」の一般的なケースである。このように先進国では、「エネルギー政策の転換(再生可能エネルギーの導入)」や「老朽インフラの再整備」、「新産業導入による経済の再活性化」が主な開発目的である。

 一方、我が国では、地球温暖化への対応という世界共通の課題のみならず、人口減少問題、超高齢化社会への対応、経済の再活性化など、様々な都市政策課題を有する。そのため、スマートグリッドやICTインフラ等を活用した低炭素都市の実現のみならず、地域コミュニティ強化によるソーシャルキャピタルの充実、環境関連産業育成による雇用拡大・経済再活性化にも配慮した総合的な価値を創造する持続可能な都市の開発が求められている。

 このようにスマートシティの開発目的は、地域の実情や直面する課題によって大きく異なる。従って、スマートシティの開発では、開発ニーズ、関連する法令・政策、行政の支援状況、市民のコスト負担能力、事業採算性などを考慮し、個々のニーズに合わせてコーディネートするきめ細やかさが求められる。

スマートシティは環境対策の一手段ではない

 スマートシティとはどのような概念であり、どのような要素で構成されるべきものであろうか。

 スマートシティには明確な定義がないものの、一般的には「スマートグリッドに代表されるICTインフラなどの『賢い技術』を活用することでエネルギー効率を高め、環境負荷の低減を目的とした都市」と定義されている。しかし、この定義からスマートシティに必要な要素を抽出した場合、「新しいエネルギーシステム」「新しい情報ネットワーク」「新しい交通システム」などの最新鋭の「製品・技術」が要素の中心となる可能性がある。実際に、スマートシティ実現のために我が国で設立されたアライアンスやコンソーシアムでは、日本の高い技術力を武器に海外展開を模索する動きが中心となっており、「日本の高い技術」や「クオリティの高い製品」をスマートシティの主要な要素と捉えているように思える。

 そもそもスマートシティは、都市政策における開発コンセプトのひとつである。そして、都市政策における究極の目標は「持続可能な都市」を形成し、市民の生活の質(QOL)を向上させることにある。ここでは、都市における主役は「市民」であり、「製品・技術」は市民の生活の質を向上させるための「ツール」でしかない。さらに、先に示した定義では、スマートシティを都市における環境対策の一手段としか捉えていないが、スマートシティを持続可能な都市形成を目指す開発コンセプトとするためには、企業活動と同様に「環境」「社会」「経済」のいわゆるトリプルボトムラインの調和を考慮することが必要となる。

 これについて、ウィーンの地域科学センターの研究プロジェクトが示すスマートシティのフレームワークでは、「スマートな経済」「スマートな交通」「スマートな環境」「スマートな住民」「スマートな生活」「スマートなガバナンス」をバランス良く機能させることが重要であるとしている。スマートシティでは「環境」が重視されがちであるが、このフレームワークにおいては「環境」は6つの要素のひとつに過ぎず、スマートシティは、住民、社会、ガバナンスなどが一体となって形成されるべきであると指摘している(図表1)

図表1 スマートシティを構成する6つの要素

 また、英国のNPO組織であるBioRegionalが運営するOne Planet Communitiesでは、One Planet Living(地球1個分の暮らし)のための10 原則を提唱している(図表2)。現在、先進国を中心に資源を大量消費しており、地球全体のサステナビリティが危ぶまれている。BioRegionalでは、この10原則に準拠した都市開発を行うことが、自然の資源を過度に消費せずに生活の質を向上する「One Planet Living」につながるとしている。この原則でも「環境」のみならず、「社会」、「経済」の要素を取り入れている。このようにスマートシティには、環境技術に偏重することなく、都市のサステナビリティの要素をバランス良く満たす都市開発が求められている。

図表2  One Planet Livingのための10原則

持続可能な魅力あるスマートシティの実現に欠かせない要素とは

 では、持続可能な魅力あるスマートシティを実現するためには、どのような要素が必要であろうか。

 スマートシティとは、単に最新鋭のICTを駆使した「製品のショーケース」ではなく、そこに暮らす人々の生活の質向上(QOL)を目指す「サステナブルな生活の場」である。そのため、最新鋭のICTを画一的に導入し、住民のコスト負担をいたずらに増大させる開発は避けるべきである。さらに、計画段階では、地域の実情を考慮し、そのニーズに合わせた街づくりが求められる。開発対象となる地域の歴史、文化や風土などを十分に理解し、地域資源を最大限に活かした開発コンセプトを明確に打ち出すことが、スマートシティ成功のカギとなろう。

 スマートシティを持続可能とするためには、開発における事業採算性や資金調達方法を十分に吟味し、自立的な運営モデルを構築することが求められる。スマートシティの開発では、スマートグリッドや再生可能エネルギー、公共交通システム整備など、多額の先行投資を必要とする。開発当初は、税制優遇や補助金などの財政支援が期待されるが、その後は環境関連産業による雇用拡大や地域経済活性化を通じた自立的な運営が必要となる。

 スマートシティの魅力を維持するためには、自立的な運営の中で、そこに暮らす人々が「スマートシティ」であることを誇りに思うレベルに設備機能が維持されることが必要となる。スマートシティは、高度な環境・情報等の設備機能が人々への訴求力に繋がり、都市の価値を生み出している。これら設備は機能的陳腐化が早いため、事業主体(事業者・自治体)による設備の保守・管理体制の確立が、スマートシティの魅力を維持するカギとなろう。
このように、持続可能な魅力あるスマートシティを実現するためには、開発事業者が地域資源を最大限に活かしつつ住民目線に立った開発を行うとともに、自立的な運営を長期的に行うことが必要であろう。

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