渡り鳥から考える新時代における都市の争い

海外市場調査部 副主任研究員   深井 宏昭

 相変わらず寒い日が続いているが、気づけば立春も過ぎ、春の足音が聞こえだす季節になった。冬を日本で過ごした渡り鳥は、故郷の北国へ旅立つ時期だ。ところで渡り鳥はなぜ長い距離の移動をわざわざ毎年行うのだろうか?そのメカニズムについては十分に解明されていないことが多いようだが、一説では、種に固有の本能というよりは餌の問題が大きいとされている。極寒の大陸でひもじい思いをするよりは、厳しい長旅という代償を払っても温暖で餌が豊富な日本で冬を越す方が鳥たちにとってメリットが大きいという判断だろう。実際、餌の状況など周囲の環境によっては「渡らない」選択をしたり、飛来する地域を変えたりすることもあるらしい。

 我々人間もついこの前まで、渡り鳥と同じく様々な動機によって国をまたいだ移動を自由に行ってきた。特に現代は都市、企業、大学などによる国境を超えた"War for Talent" (人材獲得競争)の時代と言われている。ニューヨークやロンドンなどの大都市は、世界的な学術機関、魅力的な職業、多種多様な娯楽を備え、これまで世界中から多くの優秀な学生や労働者を引き寄せてきた。若い優秀な人材にとっては、自国に留まるよりも、世界的な大都市で学び働くことで多くの収入や高い社会的ステータスを得られるからだ。こうした都市は不動産投資においても"Safe haven" (安全な避難先)と呼ばれ投資先としての信頼性が高い。

 これからの時代はどうだろう。コロナウイルスは人口が密集する大都市を中心に猛威をふるい、多くの死者を出した。人種差別や格差といった都市が抱える問題も表面化した。パンデミックを機に、人々は大都市にこれまで潜んできたリスクに気づき始めたと言えるのではないか。足元では、ニューヨークなどの大都市において人口の流出が進み、中心部の住宅で賃料の下落が見られている。これが一時的な現象なのか、それとも大きなパラダイムシフトの予兆なのか判断することは難しい。しかし、これまで巨大都市の後塵を拝してきた都市・地域にとっては、絶好の機会が到来したと言えるかもしれない。混乱がつづく大都市に先んじて、人々の新しい価値観に対応した都市機能を整備することができれば、新時代における"War for Talent"の勝者となる可能性が生じてくる。

 近年の気候変動によって、渡り鳥の行動パターンは大きく変化したと言われている。欧州大陸に生息するズグロムシクイという鳥は、もともと冬季にイベリア半島に渡る習性があったが、近年は英国に飛来する個体が増えているようだ。温暖化でイベリア半島の餌事情が変化したこと、そして驚くことに、野鳥への給餌が盛んな英国文化がズグロムシクイの行動変化に寄与したとされている。現代は未知のウイルスの出現により、気候変動による生態系の変化よりもはるかに速いスピードで社会システムの変容が進行している。After (With) コロナの新しい環境にいち早く適応し、将来の人材獲得競争に勝つ都市がどこになるのか、これまでと違った角度で都市を眺めることで、何らかのヒントが得られるかもしれない。

(株式会社不動産経済研究所「不動産経済ファンドレビュー 2021.2.5 No.555」 寄稿)

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