ベルリンの住宅賃料高騰は抑制できるのか
 ~住民投票で新たな住宅政策が可決~

海外市場調査部 主任研究員   深井 宏昭

 メルケル首相の後継争いで注目されたドイツ総選挙が実施された9月26日、首都ベルリンでは、市民から提案された新しい住宅政策についての住民投票も実施された。提案された住宅政策は、住宅賃料の上昇を緩和するため、大手不動産会社が所有する賃貸住宅をベルリン政府が収用し、公営住宅として賃貸するというもの。投票の結果、賛成票が反対票を上回り、ベルリン政府は当提案の実現可能性について検討を進めることとなった。

 今回の住民投票が行われた背景には、人口の80%以上が賃貸住宅に居住するベルリンにおいて、近年住宅賃料が高騰し深刻な社会問題化していることがある。名門大学が多く立地していることや、オフィス賃料コストが低いことなどが誘因材料となり、ITやライフサイエンスなどの成長産業を中心に企業進出が進んだことで、リーマンショック以後国内外から多くの人口がベルリンに流入した。ベルリンにおける直近10年間の人口増加率は12%で、ドイツ全体の人口増加率(3.6%)を大きく上回る。急速な人口増加によってベルリンの住宅需要が大幅に拡大した結果、賃貸住宅市場において需給の逼迫が進み、ベルリンの住宅賃料は直近10年間で約2倍に上昇している。一方で、ベルリンにおける1人あたり所得はドイツ国内16州のうち11番目と低く、直近10年間の所得の上昇率は40%程度と、急騰する賃料に対して所得上昇が追いついていない。

 そのような状況に対し、ベルリン政府もただ手をこまねいていたわけではない。特に大きな反響を呼んだ政策が、2020年2月から適用された「レント・キャップ」と呼ばれる賃料規制である。賃料の値上げを規制する同様の政策はドイツ連邦政府によっても2015年から実施されていた(地域ごとに設定された標準賃料を10%以上上回る賃料での賃貸契約を原則禁止するもの)が、規制が適用外となる「抜け道」が存在したことや、罰則がなかったことなどが影響し、ベルリンにおいては賃料抑制策として十分に機能していなかった。このような状況を受け、ベルリン政府は連邦政府の規制を厳格化した。賃料は2019年時点の賃料水準で固定され以後5年間は値上げが禁止されただけでなく、立地や建物のスペックに照らして不当に高い賃料に対しては減額を義務づけた。これは、世界的に見ても非常に厳しい規制であったが、2021年4月ドイツ連邦憲法裁判所は、連邦政府によって既に類似の規制が実施されていることを理由に、ベルリン政府によるレント・キャップは違憲であると判断。それ以来、当規制は無効となっていた。

 今回行われた政策提案は、2018年に始まった市民運動に端を発している。住民投票には有権者の10%を超える数の署名(約18万)が必要だが、この市民運動ではこれまで30万超の署名を集め住民投票実施にこぎつけた。提案された政策では、Deutsche WohnenやVonoviaといった、ベルリン市内に3,000戸以上の賃貸物件を保有する大手不動産会社から、保有する賃貸住宅をベルリン政府が市場価格よりも低い価格で収用し公営住宅として割安な賃料で住民に賃貸することで、所得に見合った賃貸住宅の供給および賃料安定化を目指す。収用に必要な資金は、賃借する住民から支払われる賃料が将来にわたって弁済に充てられる仕組みで、最終的にはベルリン市内全体で24万戸程度の賃貸住宅を公営住宅に転換することを目論んだものである。レント・キャップの違憲判決後に相次いだ賃料値上げに対しベルリン市民の不満が高まっていたことから、今回の住民投票では全体の56%が賛成に回ることとなった。

 可決された提案内容の実施については、法的な強制力を伴うわけではなく、今後ベルリン政府が「民意をくんで」実施に向けた検討を行うことになる。行政による民間企業等からの資産収用については連邦政府の法律に定められているものの、これほどまでに大規模な収用は過去に例がないこと、および当提案が市場価格より低い価格での収用を前提にしていることなどから、レント・キャップ同様に違憲と判断される可能性もある。したがって政策実現までには、法整備等を含めた高いハードルが存在すると考えられ、実現可能性は非常に不透明な状態と言える。

 また仮に提案された政策が実行されたとして、賃料値上げの抑制として機能するかどうかにも疑問が残る。需要面では、賃料の低い公営住宅の比率が上昇することで、住宅需要が強まることが見込まれる。一方、供給面を見た場合、企業や投資家の資金が、規制の強いベルリンの賃貸住宅市場を嫌って他都市に流出することで、新たな住宅開発が行われなくなると考えられる。結果的に、賃貸住宅の需給は一層逼迫し、かえって事態が深刻化する可能性すらある。

 とはいえ、今回の住民投票の結果は、上昇が止まらない住宅賃料に対して市民の不満がいかに高まっているかを顕著に現すものであった。このような住宅賃料問題、あるいは幅広く住宅問題はベルリンだけに限った話ではない。コロナ禍にあっても、足元では住宅価格や住宅賃料が上昇し、世界の大都市において住まいの問題は深刻化している。今後、ベルリンのような市民レベルの運動が世界的に波及する可能性もあり、賃料の安定化を望む民意に対して行政側がどのような対策を講じていくか、注目が必要である。

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