国ごとに明暗分かれる欧州物流取引市場

海外市場調査部 主任研究員   深井 宏昭

 欧州の物流施設取引市場は好調が続いている。2021年第4四半期の欧州における物流施設の取引額は、四半期ベースで過去最高の254億米ドルとなった。また、2021年の年間取引額は769億米ドルで、これも過去最高の取引額であった。国レベルで見ると、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーといった北欧諸国のほか、スペイン、イタリア、オランダなどにおいても2021年の物流施設取引額が過去最高額を記録するなど、欧州不動産市場は物流施設に牽引された一年だったと言える。

 欧州エリアの中でも、特に物流施設投資が活発だった国が英国である。英国における2021年の物流施設取引額は、これまで最高だった2017年の水準を70%以上上回る243億米ドルとなり、欧州全体の3分の1以上を占めた。好調な物流投資を後押しするのは拡大が続くEコマース(以下、EC)市場である。英国ではパンデミックの影響によって2020年以降EC化率が急激に上昇し、足元における小売売上高全体に占めるインターネット売上の比率は30%に迫っている(参考:2020年における日本のEC化率は約8%)。高いEC化率に加え、2020年末にEUを離脱したことも物流施設需要の拡大に影響を与えたと言われている。EU離脱によって大陸の貿易相手国との物流障壁が高くなったことで、主に小売事業者は国内需要に素早く対応するため、自社の在庫レベルを引き上げる必要に迫られた。その結果、増加した在庫をストックしておくための倉庫需要の増加につながったものである。

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 物流施設市場が好調な国が多い中で、取引が停滞している国も見られる。一般に、取引市場の活発さを規模の異なる国間で比較してみる場合、単純に取引額で見るだけでなく、各国の名目GDPとの比率で見るとわかりやすい。欧州主要国における2021年の物流施設取引額を名目GDP水準で除した値をまとめると以下の表のようになる。

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 これを見ると、スウェーデンや英国において名目GDP比が高く取引が非常に盛んなことが分かる。それに対し、大国であるフランスやドイツにおける値は0.2%前後と欧州平均を下回る低調な状況となっている。これらの国で経済規模に比べ取引額が少ない理由として、物流施設の立地変化で新規物件開発が困難となったことに加え、既存物件所有者が手放さないこともあって取引が成立しにくい点があげられる。欧州で最も人口・経済規模が大きく、EC化率も英国やオランダに次いで高いドイツでは、賃貸・投資市場ともに物流施設へのニーズが非常に高い。しかし、ミュンヘンやベルリンなどの主要都市では、近年人口が急激に増加したことで、住宅やオフィスの開発が増加。特に、最近の物流施設の立地場所として人気が高い都市周辺部エリアにおいては、住宅や周辺部オフィスとの間で開発用地の奪い合いが激しい。開発用地をめぐる競争は用地価格の上昇、ひいては利回りの低下につながっており、ドイツにおける足下の推計キャップレートは3.0%と欧州主要国の中でもっとも低い状況となっている。その結果、投資マネーの中には、物件開発や取得の難しいドイツを諦め、開発コストが低く利回りが高いポーランドなどの中~東欧エリアへ流れている可能性がある。

 足下では資源価格高騰などの影響によって欧州経済の回復スピードは鈍化に向かっているが、物流施設需要は今後も非常に強い状態が続くと見られる。主要国を中心にEC化が着実に進むだけでなく、世界的なサプライチェーンの混乱は、企業レベル、国家レベルともに備蓄を増やす行動を加速させ、物流施設への需要増加に寄与すると考えられる。一方、好調な需要に対し、どのように供給が対応していくかが今後のカギとなりそうだ。JLLのレポートによると、現在進行中の物流施設開発はポーランドや英国、オランダなどで高水準となっている。それに対し、物流施設需給がひっ迫しているドイツやフランスでは今後も新規供給の低迷が見込まれており、供給水準は国によって大きな隔たりが続く見通しである。

 さらに、ウクライナをめぐる政情不安も物流施設供給の動向に影響を与えそうだ。特にエネルギー自給率が低いドイツにとっては、資源高の影響によって足下では輸送コストを中心にインフレが急速に進行している。さらに、エネルギー資源のロシア依存度が高いため、戦争の影響を強く受ける可能性が高い。高い開発コストおよび低い利回りに加えて、戦争に起因する一連のリスクの高まりから、今後もドイツ以外のコストが安い周辺諸国へ物流投資マネーが流出する可能性が想定される。地政学的な意味合いが物流市場へ与える重要性が増すなか、今後投資マネーが流入し物流機能が強化されるマーケットはどこになるのか、国をまたいだより広い視点で市場を俯瞰する必要がありそうだ。

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