家賃規制はベルリンの救世主となるか

私募投資顧問部 副主任研究員   三武 真知子

 ここ最近、「デモ」といえば、6月以降香港で繰り広げられている逃亡犯条例の改正案に対するデモを思い浮かべる人がほとんどであると思われるが、ドイツの首都ベルリンでも、4月6日、市民による大規模なデモが行われた(過激化している香港デモとは様相が異なるデモであったようであるが)。ここ数年、ドイツ国内の主要都市では家賃が高騰しており、中でも首都ベルリンの家賃相場はこの10年で2倍以上に値上がりしているといわれる。背景には、IT企業の集積や移民の増加により毎年4万人以上のペースで人口が増加し、住宅不足が深刻化しているという需給の要因に加え、市営住宅などの廉価な住宅を政府が民間へ売却し、大手不動産各社が高級集合住宅を建築、高額な家賃で貸し出す再開発プロジェクトを推し進めてきたことが家賃高騰に拍車をかけているとされる。この状況に市民の怒りが爆発し、大規模なデモにつながったという状況のようである。

 ベルリンの家賃は、東西ドイツ統一後も他の欧州主要都市よりもかなり低い水準で推移し、その家賃の安さから数多くのアーティスト、ミュージシャン、学生などを惹きつけてきた。実は10年で2倍超に跳ね上がった水準でも、ベルリンの家賃はパリやロンドンに比べるとまだまだ割安といえる。しかしながら、ドイツはEU諸国の中でも賃貸住宅に住んでいる人の割合が高く、中でもベルリンは人口の80%超が賃貸派の都市という事情もあり、家賃高騰は市民生活を直撃、家賃が払えない市民の増加が社会問題となっていた。4月6日のデモでは、相次ぐ再開発と家賃高騰への抗議とともに、ベルリン不動産会社最大手「Deutche Wohnen」が所有する住宅物件を市民に割安な家賃で賃貸させるべく、ベルリン市が強制収用することの是非を問う住民投票を実施するための署名運動も行われた。

 この事態を受け、ベルリン市政府は6月18日、市内の福祉公営住宅などを除く賃貸住宅については、原則として5年間家賃の引き上げを禁止する方針を決めた。築年数別などの賃料水準の上限も設定する。市政府は2020年1月の法案成立を目指しており、法案成立後は駆け込みの家賃引き上げを阻止するために、6月18日に遡って適用される。違反した貸し主には最大で50万€の罰金を科す罰則規定も含まれる。実は、ドイツ政府は2015年に、賃借人が入れ替わり新規の賃貸借契約を締結する際に、相場と比較して10%以上乖離する値上げを禁止する家賃ブレーキ制度を導入した。しかし、このときは施行前の駆け込み値上げが横行、更に違反した際の罰則も適用されず、結果家賃上昇に歯止めはかからずむしろ逆効果だったとも言われた経緯がある。

 当該法案の対象となるベルリン市内の賃貸住宅は約150万戸にのぼるとされ、関連企業へ大きなダメージを与えている。既述の「Deutche Wohnen」のほか、「ADO properties」など、ベルリンの住宅セクターを保有する企業の株価は6月初旬に比べ20%超と大幅に下落し、本稿執筆時点においても回復していない。また、欧州不動産協会(EPRA)のレポートによれば、2019年Q2のドイツの上場不動産会社(上場REITを含む)の時価総額は前四半期よりも約7%減少した。この時価総額の減少幅は、BREXITに揺れる英国のそれ(△約4.5%)を上回っており、家賃規制を巡る一連の動きの影響も大きいと指摘されている。

 一方で、ドイツの不動産ファンド市場への影響は現時点ではあまりみられない。ドイツで古くから普及している個人向けオープンエンドファンドについては、そもそも投資対象物件タイプ別に見ると住宅の占める割合はごく僅かということもあり、昨年末時点と比較すると市場全体のパフォーマンスはやや減速しているものの、市場規模は緩やかな増加が続いている。(ただし、機関投資家向けのオープンエンドファンドについては、ドイツ信託協会(BVI)のデータによれば2018年末時点で住宅が約15%を占めているため、一定程度影響を受ける可能性はある。)また、上場REITについては、ドイツREIT全5銘柄中住宅を投資対象としているファンドはゼロであり、6月以降も投資口価格や時価総額に目立った落ち込みは見られず、全体としては安定的に推移している。

 今回の家賃規制法案に対して、ベルリン市民の3分の2が賛成しているという報道がある一方、家賃規制は家主が賃貸住宅を取り壊して他用途の物件を建設する動きを助長し、また、投資家がベルリンへの投資を敬遠するようになり、結果として住宅不足を更に悪化させることになるのではないか、といった批判的な意見も複数みられる。果たして、当該取り組みは目論見通り過熱する賃貸相場を抑制し、深刻化する住宅不足問題の解決につながるか。また、ドイツ全体の賃貸住宅市場、さらには不動産投資市場にどういった影響を与えるか。今後の動向が注目される。

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