オーストラリアの住宅市場で注目されるBTR

海外市場調査部長 研究主幹     伊東 尚憲

BTRが注目される背景

 世界的に物流施設やデータセンターへの投資が活発化しているが、豪州ではBTR(Build-to-Rent)と呼ばれるプロパティタイプが注目を集めている。BTRとは不動産会社が開発後も保有・賃貸するためのマンションのことで、日本で言えば賃貸マンションにあたる。なんだ、賃貸マンションかと言うなかれ。豪州住宅ストックに占める賃貸マンションの割合は1%にも満たないのである。もちろん、賃貸住宅は豪州にも存在し31%の世帯が賃貸住宅に居住しているのだが、戸建住宅が多く、集合住宅も個人オーナー物件が中心で、いわゆる分譲賃貸が主流である。単一法人が所有・運営する賃貸マンションが広く普及しているのは、マルチファミリーと呼称される米国や、日本、ドイツなどで、世界を見渡しても限られている。英国では、5~10年前からBTRが供給されるようになっており、近年の市場拡大が目立つ。
 それでは、持家志向(持家比率65.5%)、戸建志向(戸建比率73%)、郊外居住志向の強い豪州でBTRが注目されるようになった背景を、借り手、不動産会社、機関投資家の視点で考えてみよう。まず借り手の視点だが、慢性的な住宅需給逼迫で住宅価格上昇が続いており住宅購入が難しくなったことや、若い世代を中心に都心居住が選好されはじめたことで、賃貸需要が増加した。ただ、個人オーナー物件では、手厚い管理は期待しづらく、賃貸借契約期間も1年程度と短く、更にオーナーからの60日前通知で立ち退きしなくてはならないなど借り手の立場は弱い。このため、長期間安心して住むことのできる良質な賃貸マンションへのニーズが強まっていた。次に不動産会社の視点では、税制等の理由から不動産会社が住宅を長期保有、賃貸することは採算的に劣ってしまうため、住宅分譲(BTRと対比してBTS: Build-to-Sellと呼ばれる)ビジネスが優勢であった。しかし、都心分譲マンションの売れ行きは投資用の需要に大きく左右され、特にコロナ禍では投資用需要が激減したことから、ビジネス多様化の一環としてBTRに参入する不動産会社が増加した。最後にスーパーアニュエーション(豪州年金)など機関投資家の視点では、米国等において賃貸マンション投資を経験し、賃貸マンションが景気に左右されにくく長期安定した収益を生み出すことを知っており、同様の投資機会を豪州国内でも期待していた。不動産会社のBTR開発・運用に共同投資することによって、こうした投資が実現できることになる。

税制等がBTRの普及を阻んできた

 このような多方面からのBTR期待にもかかわらず、豪州でこれまで普及が進まなかった最大の理由は、個人の持家取得を促進し、法人の住宅保有や海外投資家による住宅投資に厳しい豪州の税制にある。例えばNSW州(ニューサウスウェールズ州・州都シドニー)の場合、取得時に課税される印紙税率はオフィスなど商用不動産の場合は5.5%に対し、住宅には7%が適用される(個人持家用は減免措置あり)。また、外国人が住宅を取得する場合は更に8%が上乗せ課税(サーチャージ)され最大15%の税率で課税される。土地税(保有税)は、同じくNSW州の場合、税率2%(累進課税)であるが、外国人が住宅用地を所有する場合は更に2%が上乗せ課税(サーチャージ)され最大4%で課税されることになる。この他にも、税法上認められた不動産投資ファンド(MIT)から外国人投資家に対する配当の源泉徴収税について、オフィス等の商用不動産の場合は15%の軽減税率が適用されるが、住宅(アフォーダブル住宅など一部例外あり)の場合は30%となっている。こうした税制によって、BTRビジネスの収益率がオフィス投資や住宅分譲などと比べて劣り、海外投資家による賃貸マンション投資は更に収益率が低くなってしまうため、賃貸マンション需要を見込めたとしてもBTR開発は豪州で進まなかったのである。

BTR促進策もあって参入が相次いでいる

 ところが、最近になってBTR供給を促進するための政策が州レベルで打ち出されるようになっている。2020年7月にはNSW州が一定条件を満たすBTR開発案件に対し、2040年まで土地税を半減、外国人が取得する場合の印紙税や土地税のサーチャージを免除することを決定した。2020年11月にはVIC州(ビクトリア州・州都メルボルン)でもBTRに関する土地税を2022年~2040年まで半減させることを決めている。このような州政府による供給促進策が追い風となり、豪州不動産会社のMirvacやGroconなどがBTR開発を加速させ、海外からは米国マルチファミリー運用大手のGreystarが市場参入、カナダ年金OMERSの不動産部門Oxford Propertiesと豪州不動産会社Investaが共同でBTR開発プラットフォームを立ち上げるなど、多くの不動産会社がBTR供給計画を本格化させており、報道によると現在1万戸を超えるBTR計画が確認されている(ストックは現時点で2,000~3,000戸程度)。

賃貸マンション先進国の日本企業にもビジネスチャンス

 BTRの供給拡大は、住宅不足解消、住宅価格高騰の抑制、賃貸住宅の質向上など豪州国民に大きなメリットとなるだけでなく、長期安定的なキャッシュフローを生み出す投資機会を国内外の投資家に提供、そして賃貸住宅開発や運営、管理業務の発展など豪州住宅産業にとってのメリットともなる。とは言え、まだまだ改善すべき点も残されている。前述のMIT源泉徴収税の軽減対象にBTRも加えることや、BTR開発でも建設費用に関する消費税の控除を行えるようにすること、など更なる税制改正、BTR供給促進策が打ち出されることに期待したい。今後、豪州におけるBTRビジネスの成長が見込まれる中、賃貸マンション先進国である日本の企業にとっても、日本での経験を生かせる機会は多いと考えられる。BTRが注目される豪州市場は、海外展開を考える日本の関連企業にとっても絶好のビジネスチャンス、投資機会となるのではないだろうか。

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