香港:COVID-19ワクチン接種奨励策に見る不動産デベロッパーの自信

海外市場調査部 主任研究員   安田 明宏

 各国・地域でCOVID-19ワクチン接種率を上げるための取り組みが進められている。この中で、香港は人口規模が小さく(747万人、2020年)、2020年12月の段階ですでにワクチン2,250万回分が確保されていたこともあり、他の国・地域に比べてワクチン接種は速いペースで進むと見られていた。ところが、接種率はなかなか上昇せず、欧米のみならず、何事も比較される宿命のシンガポールにも水をあけられていた。2021年6月以降、政府によるキャンペーンが功を奏し、接種率はようやく上昇軌道に乗り始めた。

 香港でワクチン接種が進まなかった理由はいくつか考えられる。まず、2020年11月下旬以降続いてきたCOVID-19感染「第4波」が収束したことがあげられる。2021年5月以降は新規感染者数が一ケタ台で推移しており、わざわざワクチン接種をしなくてもよいのではないかという考えが広がった。次に、中国の科興控股生物技術(Sinovac Biotech)製、ドイツのBioNTechおよび中国の復星医薬(Fosun Pharma)製のワクチンを接種したあとに死亡した事例が報じられ、接種に対する不安が広がったことがあげられる。接種と死亡の因果関係が不明と報じられたことも悪影響を与えたようだ。さらに、政府に対する不信もワクチン接種が進まない理由として考えられる。2019年の逃亡犯条例改正を巡る反対デモや2020年6月に成立した香港国家安全維持法への反発など、香港政府に対する抵抗は依然として強く、ワクチン政策への不信につながっている。

 COVID-19感染再拡大を防ぎ、国際金融センターとしての地位を維持したい香港政府は、2021年5月末、ワクチン接種率を高めるべく、2021年5月末にワクチン接種促進計画である「全城起動、快打疫苗(Early Vaccination for All)」キャンペーンを展開すると発表した。公務員へのワクチン休暇やワクチンバブル(ワクチン接種などを前提とした各種防疫措置の緩和)、PCR検査義務の免除などのほかに、ワクチン接種奨励策の募集が盛り込まれ、香港の各企業・団体がこれに呼応した。各業界の有力企業が奨励策を打ち出す中、不動産デベロッパーも各種キャンペーンの実施を発表している。

 最も注目されたのは、香港の信和集団(Sino Group)傘下の慈善団体および華人置業集団(Chinese Estates Holdings)による九龍の観塘にある新築分譲住宅(1,080万香港ドル(約1億5,300万円)相当)を抽選でプレゼントするというキャンペーンである。このキャンペーンは2021年6月15日に始まったが、開始1週間で100万人を超える応募があったという。この他には、恒基兆業地産(Henderson Land Development)は100万香港ドル(約1,420万円)相当の純金を最高賞品とする抽選会を実施、新世界発展(New World Development)はNGOと提携し、接種を受けた低所得者向けの手当として1,000万香港ドル(約1億4,200万円)を提供、新鴻基地産(Sun Hung Kai Properties)はホテル宿泊パッケージやギフト券など総額1,000万香港ドルの抽選景品を用意、外資企業では豪州のGoodman Groupの香港オフィスは、TeslaのModel 3(電気自動車)を含む賞金総額100万香港ドル超の抽選を行う。香港政府トップの林鄭月娥(Carrie Lam)行政長官は、ワクチン接種促進計画に呼応した各企業・団体のインセンティブにより、接種数が増加していると評価した。接種率を見ると、2021年5月31日時点で18.4%であったが、6月30日は30.0%まで上昇した。7月20日、香港政府はワクチン接種率が早ければ9月末に70%に到達するとの見通しを示した。7月25日は40.5%となっている。

 キャンペーンを実施する企業や団体は多いが、不動産デベロッパーのキャンペーンは豪華さで他業界を圧倒している。資金力が豊富であるからこそできるという理由もあるが、香港の住宅事情もその背景にある。香港域内での開発余地は決して多いとはいえず、住宅は慢性的な供給不足にある。公屋(公営賃貸住宅)の入居待ち時間は2021年3月末時点で平均5.8年と過去22年で最長となっている。住宅の買いにくさは世界最高水準であり、Demographiaが2021年2月に発表したレポートでは、香港の住宅価格(中央値)は世帯年収(同)の20.7倍である。住宅価格は、2019年以降の一連の社会混乱下でも、COVID-19感染拡大下でも軽微な調整にとどまり、2021年以降は再び上昇トレンドとなっている。低金利環境で住宅ローンが利用しやすい状況にあることや資金力ある中国本土の投資家による住宅の購入が続いていることも住宅価格が下落に転じにくい理由となっている。

 不動産デベロッパーの将来の住宅需要(つくれば売れる)に対する強い期待は、「住宅の確保という切実かつ解決に時間を要する問題」と「下がりにくい住宅価格」に支えられている。不動産デベロッパーによる豪華なキャンペーンは、まさに香港の住宅市場に対する不動産デベロッパーの自信の表れである。ワクチン接種率の上昇により、今後、住宅需要はさらに押し上げられるとみられ、不動産デベロッパーは、さらに自信を深めることになろう。

cafe_20210804.png

関連事例の紹介

海外主要都市の不動産市場の比較や詳細な個別市場調査を行います
海外主要都市の不動産市場比較
海外エリア別・タイプ別の不動産市場調査

関連する分野・テーマをもっと読む