パンデミック以降の日本企業による海外不動産投資
 ―米国で選好されるアセットタイプに変化

海外市場調査部 主任研究員   安田 明宏

 日本企業による海外不動産への投資は、COVID-19感染拡大(以下「パンデミック」)の影響で停滞した。パンデミック初期段階では、各国・地域で行動制限が敷かれたことで、投資を検討している国・地域への渡航がままならない状況となり、リモートでの投資の検討、判断を余儀なくされた。2021年以降は、ワクチン接種が進み、行動制限が一部で緩和されるようになったものの、各国・地域のCOVID-19対策はまちまちで、海外不動産投資の足かせとなった。

 パンデミック以降の日本企業による海外不動産への投資額(以下「日本からのクロスボーダー取引額」)を見ると、2020年は前年比-42.9%の25.1億米ドル、2021年は同-30.7%の17.4億米ドルとなった。両年の取引額は、2007年から2019年までの年平均取引額を下回り、また2年連続の前年割れは2008年から2009年の金融危機以来のことであり、パンデミックの影響を強く受けたといえよう。

 2022年に入ると、入境制限が緩和される国・地域が増えて人的な往来が再開し、投資活動は正常化に向かい、ようやく現地での視察や顔を突き合せた交渉が可能となった。足元、顧客に海外出張の予定が入り、打ち合わせのスケジュール調整が必要になるケースが増えているというのが筆者の実感である。2022年の日本からのクロスボーダー取引額を見ると、第2四半期の時点ですでに2021年通年を超える水準に達している。

 投資対象国・地域に大きな変化は見られず、米国、シンガポール、中国、英国、豪州などが主な投資先である。一方、投資対象となるアセットタイプは、パンデミック以降、やや変化が見られるようになり、パンデミック前(2007年から2019年)はオフィスの割合が取引全体の40.0%を占めたが、パンデミック以降(2020年以降)は28.2%に低下したほか、ホテルも12.7%から2.8%に低下した。オフィスは、リモートワークの普及や出社制限などで賃貸需要の先行きが見通しにくくなり、ホテルは、行動制限による観光業の不振やビジネス出張の減少で稼働率が大幅に落ちており、何れも投資対象としての選好順位が低下したと考えられる。一方、物流施設は5.1%から8.4%、開発用地は32.6%から39.1%にそれぞれ上昇している。パンデミックの影響によるEコマース需要の高まりやCOVID-19関連の医薬品・衛生用品生産の増大、サプライチェーンの混乱による在庫増などで物流・産業用施設への投資が注目されるようになった。また、開発用地では、不動産デベロッパーを中心に海外で分譲・賃貸住宅を継続的に開発する流れができており、パンデミック以降も「現地で回す」ビジネスとして定着してきたことが割合の増加に寄与している。日本企業による海外不動産投資においても、パンデミックによる不動産需要の変化が反映されたといえるだろう。

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 パンデミック以降にこの変化が顕著に見られたのは米国である。パンデミック前はオフィスが主流で、日本からのクロスボーダー取引累計額に占めるオフィスの割合は56.7%で過半を占めていた。次いでホテルと賃貸住宅の割合が高かったが、それぞれの割合は18.7%、10.4%にとどまり、開発用地や物流・産業用施設、商業施設はさらに低く、それぞれ10%に満たない水準であった。

 パンデミック以降の累計額を見ると、パンデミック前の主流だったオフィスの割合は17.9%、ホテルは3.2%までそれぞれ低下した。一方、賃貸住宅は33.8%、開発用地は24.1%、物流・産業用施設は11.9%にそれぞれ上昇している。世界で機関投資家などが賃貸住宅を保有する国・地域は少なく、米国や日本、ドイツなどに限られる。米国では、マルチファミリー(集合住宅)、シングルファミリー(戸建)ともに機関投資家による保有が進み、成熟した賃貸住宅市場が形成されている。足元では、住宅価格の高騰や金利の上昇でアフォーダビリティが低下しており、持家から賃貸住宅に移る動きも見られることも賃貸住宅への投資が注目される一因となっている。物流・産業用施設は、小売売上に占めるEコマース比率の上昇や輸送量の増加、在庫の増大などによる需要増が期待されており、投資対象として選好されやすい。開発用地は、住宅用地や物流・産業用施設向けに取得するケースが多くなっている。

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 米国においては、以前から日本企業が投資するアセットタイプに多様性が見られたが、パンデミック以降は、不動産需要の変化に対応する形で投資対象の選好に変化が生じた。今後は、有望な投資対象となる都市を選定する動きが広がっていくだろう。例えば、米国内の投資先としては、パンデミック前は、ニューヨークをはじめとする主要大都市やその周辺への投資が多かったが、パンデミック以降は、人口増が続くサンベルト地帯(北緯37度線以南)の都市への投資が増えつつある。日本企業による海外不動産投資は、「都市」と「アセットタイプ」のかけ算を通じて更なる厚みが増している米国を中心に拡大していくことが予想される。

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