私募投資顧問部 上席主任研究員
菊地 暁
千葉豪雨が問う不動産の浸水リスク評価
2026年8月13日から14日にかけて千葉県を襲った「令和8年8月千葉豪雨」は、気候変動下における水害リスクを改めて浮き彫りにした。線状降水帯の発生などにより記録的な大雨となり、県内では一時、大雨特別警報が発表され、警戒レベル5の「緊急安全確保」が発令された地域もあった。千葉市では24時間降水量が360ミリを超え、観測史上1位を更新するなど、極めて短時間に大量の雨が集中した。地球温暖化によって大気中の水蒸気量が増え、その結果としてゲリラ豪雨や集中豪雨の発生頻度や雨量が増加している。
今回、特に注目すべきなのは、浸水被害が必ずしも従来から「水害リスクが高い」と認識されていた場所だけで発生したわけではないことである。株式会社ウェザーニューズが約2万件の現地報告を分析したところ、被害を示す報告の55.7%が低位地帯または浸水想定区域外から寄せられたという 1 。一般的に、時間雨量50mm以上の大雨が降ると内水氾濫が発生する可能性が高くなる 2が、千葉市では、河川の氾濫だけでなく、道路やアンダーパスなどで排水能力を超えた雨水が滞留する内水氾濫が多く確認された。
この結果は、「ハザードマップに色が付いていないから安全」という判断の危うさを示している。現在の洪水浸水想定区域は、河川が氾濫した場合に想定される浸水区域や水深、浸水継続時間などを示す重要な情報である。一方で、対象河川以外の小規模な水路や内水氾濫、想定を超える降雨など、すべての浸水要因を網羅しているわけではない。
不動産投資の観点から考えると、この問題は非常に重要である。投資用不動産は長期にわたり保有されるため、取得時点の災害リスク評価と実態の乖離がその後の収益性や資産価値を左右する可能性がある。浸水による建物や設備の損傷だけでなく、停電や交通障害、テナントの営業停止、修繕費の増加、賃料収入の減少など、物理的な被害がキャッシュフローへ波及する。実際、今回の千葉豪雨では、変電所の浸水による停電や鉄道・道路への影響も発生した。
したがって、投資用不動産について、単に「浸水想定区域内か区域外か」を確認するだけでは不十分である。重要なのは、「その物件がどの程度の確率で浸水し、浸水した場合にどの程度の損失が発生し、そのリスクに対してどのような対策が講じられているのか」を診断することである。そのためには、ハザードマップそのものの精緻化も必要となる。一定の確率で発生する洪水について、どの地点で、どの程度の浸水深が生じるのかを把握できれば、災害リスクを期待損失として評価しやすくなる。これまでは河川氾濫に焦点を当てて破堤確率の精緻化を行ってきたが、これに加えて内水氾濫、低位地帯、排水能力、土地の微地形、過去の浸水履歴などを重ね合わせれば、物件単位でより実態に近いリスク診断が可能となるだろう。
こうした精緻なリスク診断は、投資用不動産の取得判断にも活用できる。例えば、同じ「浸水リスクあり」の物件でも、年間の浸水確率、想定浸水深、設備への影響、復旧期間、営業停止による逸失収益などを評価すれば、物件ごとのリスクには大きな差があることが分かる。その差を取得価格や期待収益率、必要な適応投資額に反映することで、災害リスクを投資判断の中に組み込むことが可能となる。
また、リスク診断は取得時だけで終わらせるべきではない。気候変動によって降雨パターンが変化する可能性を踏まえ、定期的にハザード情報を更新し、設備更新や改修のタイミングに合わせて止水対策、電気設備の高所化、非常用電源の確保などの検討が重要である。すなわち、物理リスク評価と気候変動適応策を一体化させる必要がある。
令和8年8月千葉豪雨が示したのは、「ハザードマップ確認」の重要性だけではない。むしろ、現在のハザード情報だけでは把握しきれないリスクをどのように発見し、定量化し、投資判断へ反映するかという課題である。
気候変動による水害リスクが高まる中、投資用不動産に求められるのは、従来型の立地評価から一歩進んだ「物件単位のリスク診断」である。こうした情報を投資家、金融機関、不動産運用会社などが共有し、取得価格や必要な適応投資、保有方針に反映させることが、気候変動時代の不動産投資における新たなリスク管理の基盤になると考えられる。
- 令和8年8月千葉豪雨、2人に1人が浸水想定区域"外"で被災か
https://weathernews.jp/news/202608/140171/ - 一般財団法人 河川情報センター理事長 東京大学名誉教授 池内 幸司「増える「内水氾濫」への備え」
https://www.isad.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/02/No.159_2p.pdf























