林業のすゝめ

投資調査第2部 上席主任研究員     坂本 雅昭

 最近、林業やその関連分野で企業の動きが活発だ。三井物産、住友林業、北海道ガス、及びイワクラは共同出資により木質バイオマス(注1)発電の事業会社を設立する協定書を締結し、また、住友林業と三井住友建設は中大規模木造建築市場の創出と拡大を目指し共同取組に関する業務提携契約を締結した。背景には何があるのだろうか。

 わが国の林業の状況を概観してみると、森林資源はこの約半世紀の間に2.6倍に成長し、森林の6割を占める人工林(注2)の半分以上が高齢級(植樹してから45年以上経過)になっている。高齢級の人工林は、一般的には伐採利用し再造林することが求められる林である。しかし林業の世界では、「安定した国内需要がないから供給体制を確立できない」、その逆に「安定した供給体制が確立されていないから国産材を利用できない」という「鶏と卵」のような需給関係の中で、木材の生産・流通・消費は伸びてこなかった。しかし、2012年7月に木質バイオマスを含む「再生可能エネルギー固定価格買取制度」が施行された。2014年11月には林野庁と国土交通省が「CLT(直行集成板)(注3)の普及に向けたロードマップ」を公表したことで、建材としての木材利用拡大の道筋が明確になってきた。このように、「鶏と卵」の関係は、需要増加の条件が整ってきたことで動き始め、需要サイド、供給サイドのプレーヤーの動きが活発化してきたのである。

 今後、紆余曲折しながらも林業の再生は進んでいくと思うが、なぜ林業なのか、林業の魅力とは何なのか、という基本認識を共有しておくことは重要であろう。それがなければ、時に林業再生の推進力が不十分になったり、望まざる方向に進んでしまったりするかもしれない。そのような観点から、ここでは私なりに林業の魅力を整理してみたい。

低成長だがストックの充実した成熟国で価値を発揮する産業

 日本の人口は2005年にピークアウトし、人口の転入超過が続いている東京23区においても2020年にはピークアウトする見通しである。日本の経済力を維持していくためには、1人あたりの生産性を上げることはもちろん重要だが、人の数に依存しない産業を育てていくという視点も必要だろう。訪日外国人を取り込む観光産業はその一つである。幸いにして日本は、国土面積の約2/3が森林で覆われた世界有数の森林国であり、既に先人が育ててきた森林ストックが存在する。そして木は自ら二酸化炭素、水、光、土から養分をつくり成長していく。森林を適切に管理すれば、成長ペースは速くなる。世界的な低成長・低金利時代において、光合成により価値を増大させる森林は、かつてよりも相対的に価値のある存在になっていると考えることができるのではないだろうか。

土着性ゆえに国際間競争を回避可能な産業

 日本は技術立国であるが、技術優位であっても競争優位を長く維持することは容易ではない。電子部品に代表されるように、開発当初は高いシェアを持っていても、普及段階ではコスト競争力の高い新興国にシェアを奪われてしまうケースが少なくない。一方で、木はどうだろうか。木を育てるのは二酸化炭素、水、光、土である。これらは土着的なものであり、どの国でも同等の環境を手に入れることは難しい。ちなみに、日本で評価の高いヒノキは日本と台湾のみに生息する樹種である。ヒノキ材が日本だけでなく世界でも高く評価されるようになればどうだろうか・・・。もしヒノキを海外諸国が自国に持ち込めば、生態系が乱れるリスクを抱えることになるため、軽率に持ち込むことはできない。

地方創生を後押しする産業

 「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」では、2020年に東京圏から地方の転出入を均衡させることを基本目標の一つに掲げている。実現のための政策パッケージの中では、企業の本社機能の移転、新増設のための支援措置を打ち出している。このような施策とは別に、東京にはなく地方にこそある資源を活かして企業や産業を興す施策をもっと強化できないものだろうか。林業が日本のリーディング産業となり、その産業の従業者が高所得者になるというのは、淡い幻想であろう。しかし、林業が所得は低くても何とか地方で人並みの生活ができるようにするための産業の一つになれれば、十分に意義があるのではないだろうか。林業を営む若い人が増加すれば、山間・田園風景も自然に保全・再生されていく。全国森林組合連合会が1月に主催した「森林の仕事ガイダンス(東京会場)」(森林・林業に関心を持つ人を対象とした説明・相談会)への参加者は、前年から約100人増加して1141人にのぼったそうである。

収益性向上の余地がある産業

 森林は多面的機能を有する。森林・林業白書では、森林の機能を、①物質生産(木材、食料等)、②文化(学習、教育等)、③保健・レクリエーション(保養、行楽等)、④快適環境形成(気候緩和、大気浄化等)、⑤水源涵養(水資源貯留等)、⑥土砂災害防止・土壌保全、⑦地球環境保全(二酸化炭素吸収等)、⑧生物多様性保全(遺伝子保全等)の八つに整理している。林業は主に物質生産機能を利用した産業である。しかし、森林が多機能を有するなら、それだけの数の収益源があると考えることもできるのではないだろうか。木質バイオマス発電もその一つである。他にも、繊維・薬品・食品ビジネス、水ビジネス、CO2ビジネス、健康ビジネス、リゾートビジネスなど、多くの可能性がある。山の産業を林業ではなく「森林ビジネス」と大きく捉え直し、収益源を多様化することで、収益性を向上させられるのではないだろうか。

エネルギー資源に乏しい国の貴重な産業

 東日本大震災以降、エネルギー輸入の増加と円安が相まって、日本はエネルギー資源に乏しい国の弱さを露呈した。最近では原油価格の下落で景気の下押し圧力は緩和されてきているが、根本的に解決したわけではない。かつて、山林は薪を供給するエネルギー生産地でもあった。それが石油エネルギーに取って代わられ、その役割を終えた。しかし最近では木材(薪、チップ、ペレット)を電力や熱に利用していくことが見直されてきている。これらが石油エネルギーに再び取って代わることはできないだろうが、山村のエネルギーの多くを賄うことは可能であろう。地方におけるエネルギーの自給自足である。しかも、そのエネルギーは、埋蔵量に限りがあるわけではなく、光合成により常に成長するのである。日本にとって貴重なエネルギー資源であろう。


 当面の課題は、供給体制と流通の再構築だ。不動産業界はこれに関与することはできないだろうか。不動産プレーヤーは、限られた土地・建物から、いかに高い収益をあげられるかに知恵を出す産業だ。そのフィールドを都市・不動産から地方・森林に広げ、林業を森林ビジネスとして捉え直し、森林の収益性を上げられないだろうか。その一環で木材の供給力を高められないだろうか。日本の投資家は果たして何ができるだろうか。投資家は供給体制と流通の再構築に貢献しながら収益をあげることはできないだろうか。森林はリアルアセットの一つであり、海外ではティンバーファンドも存在する。この分野の研究価値は大いにありそうである。


(注1) 「再生可能な、生物由来の有機性資源」(=バイオマス)のうち、木材からなるもの。

(注2) 人の手による種まきや植樹により成長している林のこと。

(注3) Cross Laminated Timberの略。ひき板を繊維方向が直交するように積層接着した重厚なパネル。既に欧米を中心に中高層建築物等に利用されている。

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