豪州:多様化が進むチャイナマネー

海外市場調査部 副主任研究員   安田 明宏

 2015年11月上旬、豪州のシドニーに出張する機会を得た。シドニーを訪れるのは2002年3月以来のことである。十数年ぶりとなると、具体的な記憶は薄れているが、初めてデジタルカメラを使ったことだけは覚えている。当時、デジタルカメラを使っている人はまだ少なかった。

 今回の出張目的は、ある国際会議に参加することだったが、その会議のテーマのひとつは、豪州(と世界)の不動産市場がチャイナマネーをどのように取り込んでいくのかであった。中国は、改革開放以降、「世界の工場」として世界中から求められる製品を作り続け、国内投資を飛躍的に増加させてきた。コップの容積を着実に増やし、その中に水を注いできた結果、世界第二位の経済規模にまで成長した。しかし、高成長時代は終焉を迎えている。過去のようにコップの容量と水量を増やすことが困難になっている。中国は、(うまくいっているかどうかはともかく)コップの容量の変更と水量の調整を少しずつ進めている。コップの容量と水量のバランスがとれなくなるときにあふれ出す水に注視しなければならない時代となった。世界第二位の経済大国からあふれ出す水の量は、外から見ると大型ダムの決壊のように映るわけだが、これは、一時的な流行で終わらないメガトレンドとなりそうである。

 ここ数ヶ月は、チャイナマネーを意識せざるを得ないようなニュースも多かった。2015年8月の人民元の切り下げでは、中国経済の先行き不安がかき立てられ、海外に資金流出が起きるとの見方が広がった。同月の外貨準備高が月ベースで過去最大の減少となったことは、資金流出の本格化と捉えられた。9月に中国の習近平・国家主席が米国を訪問した際、ボーイングの工場で旅客機300機を購入したことや、10月の英国訪問時に原子力発電事業への投資を発表したことも、チャイナマネーの勢いを印象づけた。どうやら、今はチャイナマネーが不動産市場に与える影響について再考するいいタイミングなのだろう、筆者はそう思いながらチャイナマネーの規模や多様性、特徴などの報告を聞いていた。

 豪州では、2009年頃からチャイナマネーによる不動産の取得事例が見られるようになった。今回訪れたシドニーにおいては、一例をあげると、中心部(CBD)で中国投資有限責任公司(China Investment Corporation、CIC)、緑地集団(Greenland)、世茂房地産(Shimao Property、中国本土系香港企業)、大連万達集団(Dalian Wanda Group)などがオフィスを、陽光保険集団(Sunshine Insurance Group)がホテルをそれぞれ取得している。緑地集団や大連万達集団は、高層コンドミニアムに建て替える再開発目的で古いオフィスビルを取得している。

 シドニーのCBD以外でも、チャイナマネーの痕跡を確認することができる。ノースシドニーでは、復星集団(Fosun Group)がオフィスを取得したほか、緑地集団がコンドミニアムの開発を進めている。ちょうどこのコラムを書いている間にも、緑地集団によるシドニー北西部のマッコーリー・パークの土地落札がニュースとなっていた。同社は、住宅と商業施設を開発する模様だ。シドニー郊外では、首創置業(Beijing Capital Land)、碧桂園(Country Garden)などが住宅開発に参入している。

 シドニーでは、SWF(Sovereign Wealth Fund、政府系ファンド)や保険会社、不動産デベロッパーや個人投資家など、多様なプレイヤーが進出していることがわかる。投資家名がディスクローズされていない案件も数多く存在するため、実際にはさらに多様化が進んでいると思われる(中国の機関投資家や不動産デベロッパーが海外に向かう理由については、海外不動産レポート「世界の不動産市場で存在感が増す中国資本」も参照されたい)。

 中国人の個人投資家による取引も活発で、コンドミニアムへの投資が広がっている。CBDでは、中国人富裕層による投資が中心となっているが、シドニー郊外では、中国のアッパーミドル層も積極的に投資している。すでに、中国国内にいる投資家への販売ルートも確立されている。筆者の知人の中国人(上海在住)は、2、3年前に、上海のエージェントを介してシドニー郊外のコンドミニアムを購入した。購入に際して、現地には一切足を運んでいないという。その知人が購入したコンドミニアムを見に行ったが、現地を案内してくれたのは、オーストラリアの大学を卒業した、天津出身の中国人だった(中国の個人投資家が海外に向かう理由については、海外不動産レポート「中国の個人投資家が海外不動産市場に向かう背景」も参照されたい)。

 現在、中国の不動産デベロッパーによる住宅開発が進んでいるが、販売時には、中国国内のネットワークを利用できる。中国国内の投資家に訴求しやすい点が有利となろう。特に、緑地集団や大連万達集団の再開発プロジェクトは、住宅供給が限られるCBDの優良立地であることから、中国人の富裕層からの関心は高い。少なくとも、売れ残って困るというような状況にはならないだろう。むしろ、筆者にとっては、どれくらいのスピードで完売するのかに興味を惹かれる(豪州の住宅市場に関しては、リサーチカフェ「活況続くオーストラリアの住宅投資とその背景」も参照されたい)。

 今後、コップからあふれる水はどの国や地域の不動産市場に流れていくのだろうか。チャイナマネーによる世界各国・地域の不動産取得の累計額を見ると、米国、英国、豪州の3カ国が主な投資先となっているが、これ以外の国や地域でもチャイナマネーの存在感が増してきている。現在、チャイナマネーは世界の関心事になっているのは間違いない。多くの国や地域にとって、チャイナマネーをどのように取り込んでいくのかが大きな課題であり、また戦略となっている。豪州の不動産市場におけるチャイナマネーの広がりは、多くの国や地域で見られる現象となるだろう。

 日本でもチャイナマネーを取り込む動きが広がっている。しかし、「爆買い」という言葉の流行の裏には、チャイナマネーの到来に右往左往している姿が透けて見える。豪州は日本よりも早くチャイナマネーが到来し、多様化が進んでいる。メガトレンドを長期的な成長に生かすためにも、豪州、ひいては世界のチャイナマネー事情を知る必要があるのではないかと思う。

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