台湾:海外投資家に注目されないオフィス投資市場

海外市場調査部 主任研究員   安田 明宏

 2019年3月に台北に出張する機会を得た。台湾といえば、シンガポール、香港、韓国と並び、1970年代にアジアの新興工業経済地域(Newly Industrializing Economies、NIES)として頭角を現したことで知られている。台湾の社会的インフラは、すでに質・量ともに高いレベルに達している。滞在中、不自由することはなく、台北駅と桃園国際空港を結ぶ桃園機場捷運(MRT)も快適であった。

 台北に行く前から気になっていたことのひとつに、台湾の不動産投資市場では「海外投資家の存在感が薄い」ということがある。Real Capital Analyticsのデータを見ると、アジアNIES における2007年から2018年までの累計投資額に占めるクロスボーダー取引の割合は、台湾が最も少なく、10%以下にとどまっている。アジアNIESでは、投資適格不動産としてのオフィスや商業施設、ホテルや物流施設などが揃っている。クロスボーダー取引の割合が小さいということは、台湾の国内投資家(台湾を「国」として扱うかどうかは議論の余地があるが、ここでは便宜的に「国内」と称する)のシェアが高い、ということである。ここでは、海外投資家が台湾に注目しない理由について、台北のオフィスを事例に考えてみたい。

 まず、アジアNIES諸国・地域すべてに当てはまることであるが、政府であれ地場財閥であれ、国内投資家の不動産投資に対するコミットが強い。この中で、台北では金融機関、とくに保険会社が幅をきかせている点に特徴がある。近年、不動産価格の上昇からオフィスの投資利回りは低い水準となっているが、それでも保険会社にとっては、安定したインカムゲインは重要である。保有期間が長ければ、キャピタルゲインを得ることは可能だろうが、今度は再投資することが難しくなり、継続的な投資につながらない。結果、長期保有となってしまう。高水準の価格、低い投資利回り、低い流動性では、海外投資家に魅力的な対象とは映らない。保険会社の存在感が強い中、最近は、国内企業が自己使用目的でオフィスを購入するケースも多くなっており、海外投資家の入り込む余地がさらに狭まっている。

 次に、伝統的なオフィスエリア(中山路、復興路、敦北路などの沿道)でオフィスの老朽化が進んでいる点があげられよう。2019年4月18日に台湾東部の花蓮県で発生したマグニチュード6.1の地震で、台北においても築40年のオフィスビルが2棟傾いた。伝統的なエリアでは、金融機関によるオフィスの再開発が緒に就いたところであり、全体的な新陳代謝が起こるには時間を要する。実質的に、海外投資家が目を向けることになるのは、新興エリアの信義や南港、内湖である。しかし、信義のオフィスストックは多いとはいえず、かつ今後の新規供給もオフィス数棟にとどまる。南港では、オフィスストックは増加しつつあるが、オフィスエリアとして成熟するには時間を要する。内湖のオフィスはハイテク関連企業に集中しており、伝統的なオフィスエリアとは様相が異なる。海外投資家にとって、どのオフィスエリアも選定しづらい。

 第三に、区分所有のオフィスの多い点が考えられる。区分所有が多いと、エンブロック(一棟単位)での取引が困難となる。海外投資家にとっては、ある程度まとまったボリュームのオフィスが投資対象であり、区分所有のオフィスを多数保有するスタイルは馴染みにくい。築古のオフィスで取得時期が早いものは、キャピタルゲインとインカムゲインを享有できており、売却するインセンティブが働きにくい。また、エンブロック保有目的で再開発をするにしても、各区分所有者からの合意を得るのに時間を要する。

 第四に、不動産市場に対する抑制策の影響があげられる。2016年から施行された新税制(房地合一課徴所得税制度)により、海外投資家が保有する台湾の不動産の売却益に対する税率が従前の20%から、1年以内の取引は45%、1年超は35%となった。これを受けて、台北の不動産への投資に魅力を感じる海外投資家が減少した。Knight Frankによると、2015年の台湾の商業用不動産に占める海外投資家の割合は19%であったが、2018年はゼロとなった。

 筆者が現地の不動産コンサルタントらと話をしていても、積極的な投資家の属性は国内ばかりで、海外投資家は日本の不動産デベロッパーなど、ごく限られていた。台湾の不動産が海外投資家から注目される日はまだ遠いだろう。オフィスの老朽化や区分所有が多い点は長期的な問題と捉えられる。短期的な変化には期待できない。当面は、台湾の金融機関の売却動向と税制の方向性での変化を追うことになろう。例えば、不動産価格の下落を受けて、利益確定を急ぐ保険会社が保有する不動産が海外投資家に売却される、というような動きであるが、大きく動く可能性は低いとみられる。

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